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一夢庵風流記(隆慶一郎)

いい男と大人の男は絶滅危惧種である。

自分のことなんてはるか棚の上にあげたまま
いい男がいないと嘆いていたのはだいぶ前だけれど
相変わらず最近もいい男だなぁ、って人は見かけないし、
いつだったか、あぁ男ってなんて子供なのか、と気づいてから
やっぱり大人の男には出会えていない。
じゃあ自分はどれだけ大人なんだと言われると
全然子供だしね。
世の中、低年齢化が進んでいるのかもしれない。

で、これ。
戦国の世ですよ。前田慶次ですよ。
とにかくカッコいい。
それにしても隆さんは惚れた人をとことんカッコよく描くよね。
マジで慶次に惚れそうです。

戦いぶりも、信念も、女の愛し方も、お金の使い方すらも。
多分これを男気と呼ぶ。
いい男、という言葉が貧弱に見えるほどの男っぷり。

こういうかぶき者って現代にはいないのかしら?

って、戦いの世で、常に生命が掛かっていたからこその
覚悟であり、男気であり、かっこよさなのだろうとは分かる。
でもなんか、こう今の仕事とかでも、もっとカッコよくできてる人がいてもいいと思うんだけどね。
時々仕事ができるなーって人がいても
なんか外見が残念なことになってたり、
全部がカンペキってワケにはいかないわけだ。

去年のCREAの読書特集。歴女の座談会より。

戦国時代って程よい古さが魅力ですね。古代よりは史実や資料が伝わっているけど、幕末ほどは残っていない。写真もない。だからこそ、ビジュアルを含め、それぞれの人物の人となりが、程よく妄想できる。


分かります。その気持ち。笑。
カンペキは妄想に求めよ、ってことですね、ハイ。

そういえば、とくダネ!によると
今年の流行は去年の草食男子に代わって、ソウル系兄貴だそうな。
草食男子は恋愛って面倒くさい、という男子側の主張であって、
やっぱり女子は勢いのある男子のが好きなんだろうな、と思った。

| book | 22:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

空飛ぶタイヤ(池井戸潤)


大企業が苦手だ。
嫌い、とか思うわけではないけれど
大企業では働けないな、と思う。

新卒で就活してたときも、母親が
「なんだかんだ言っても寄らば大樹よ」
なんて言ってるのを右から左に聞き流し
「小さいところの方が色々やらせてもらえると思う」
なんてぬかしながら、500人位の会社に入った。

大企業なんてどうせ受からない(と思ったし、受からなかったし)っていう
負け惜しみだ、と自己分析していて
それはまぁ、その通りなのだけれど
大企業には向かないというその直感はあながち外れていなかった、と思う。

前の会社ですら、派閥とかがあって
隣の部署から人を異動させたいのに
○○部長のところは手を出せない、とか言っちゃって
本人に直接働きかけて
人事向けに異動希望を出させて
それを引き受けるから・・・とか
めんどうくさいってば。

いーじゃん。ちゃんと部長同士話しなよ。
同じフロアで仕事してんだからさぁぁぁぁ。

と胸のうちで叫んでいたのだけれど
どうやら男性陣のオシゴトとやらはそういうわけにはいかないらしい。

あとは、産休明けで時短使ってる人にズルイとかさ。
子供じゃないんだから。お互いの事情考えようよ。

結局今は10人ちょっとのちっちゃい会社にいるんだけど
みんなそれぞれ事情が把握できるから、ある意味ラク。とても。

しまった。
前置きばかり長くなってしまったけれど
空飛ぶタイヤは、実際にあった
トラックのタイヤが外れて、歩道を歩いていた主婦を直撃し
亡くなってしまったという事故をベースにした小説。

ただし、ある程度事実をベースにはしているものの、あくまでもフィクション。

それにしても。
ここでもホープ自動車(事故車のメーカー)側の対応とか見てると
あぁ大企業って面倒くさいとつくづく思う。

そんな大企業のしがらみにがんじがらめられている感じの描き方もうまい。
間違ったこととは思っても、会社としての立場を考えた結果の保身になる。
会社ってさぁ。
なんなんだろうね。人生捧げるものなのかしら?
多分、そこで躓いている時点で、やってけないんだろうな。

社内政治とか、やらなきゃいけない環境にいたらやるんだろうけど
なんでこんなことしてんだろ、とか
すごく虚しくなる気がする。

明確な悪役が何人か設定されていて
その内面がイマイチ弱いかな、という気がしたけれど
(徹底的に悪役に仕立てたいんだな、というか)
悪役と正義の間で揺れる人たちの心理がうまいなぁと。

メインは事故を起こしてしまった赤松運送の社長と
ホープ自動車の闘いになるのだけれど
そこにホープ内部、銀行、息子の学校のPTAなんかの要素が絡んできて
ラストへ盛り上がっていくのはすごい。

途中やや、停滞する印象はなくはないけれど
一気に読める本だったとは思う。

個人的には、これに社会派小説みたいなものを期待していたのだけれど
ほぼ完全なエンターテイメント。
これはこれで完成したものだと思うし、
こういう訴え方もあると思うけれども
実際に起きた事故を、こういう形にしてよいのかと少し悩む。

| book | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

出星前夜(飯嶋和一)

飯嶋 和一
小学館
¥ 2,100
(2008-08-01)


例えば仕事だとか、プロジェクトだとかが上手くいっていなかったり
とんでもなく残業してたり、炎上してたりするのは
どこかで誰かが大バカなのだ。
というのが最近の私の持論。

炎上してみんなで徹夜とかしちゃってる開発も
期間度外視して要件言ってくるバカとか
無理なら無理と言うなり交渉するなりすればいいのに
なぜかそのまま引き受けてくるバカとか
仕様変更とか、ちょっとしたことでもイチイチ自分で判断できなくて
上にお伺いを立てて時間を喰うバカとか。
いやいや一人ずつはみんなスゴイのだ、なんて話も聞くけれど
それならば、その人たちを上手く使えていないところがバカなのだ。きっと。

そもそもそういうのは順番に階段を登っていくルートしかない昇進システムと
それにともなう責任の取り方が不明確ってのが原因だと思うのだけれど
そのハナシを始めたらキリがなくなるのでここまで。

『出星前夜』を読んで
そういう大バカがいなくても
そういう次元の話じゃなくて
どうにも抗えない運命の流れってあるんだと思った。

乱のきっかけとなった松倉家の悪政はさておき、
討伐軍のオバカっぷりもあるけれど、
みんなそれぞれの事情のもと必死で。
(まぁ、現代もみんなそれぞれの事情のもと必死ってことなんだろうけど)
蜂起軍も乱を起こした人たちが
思ってなかったほどに規模が拡大してしまったり
動かしてしまったものが止まらない、“後戻りできない”って
こういうことを言うのか。

そうやって島原の乱が起こっていく様子と
その戦いが淡々と描かれていく。

そういえば島原の乱は“キリシタンの一斉蜂起”みたいな感じで習ったわけで、
もちろんキリスト教も重要なパーツなのだけれど
宗教って、一体なんなんだっけ?
人を本当に救うのか?ってすごく思う。

今とは全く事情が違うけれど、
熱狂的であればあるほど
それはバランスを欠いて
あやうさばかりが際立つ。

最後、原城にこもった民のうち
一体どれほどがキリスト教に救われたんだろうか。

図書館から借りてきたとき
ややひるんだくらい、結構な分厚さで
読むのに時間も掛かった。

これまで読んだ飯嶋さんのほかの作品みたいに
くーーーーっかっこいいぜ!って思うような人も
あんまり出てこなくて
ひたすら情勢や事情を描きながら物語が進んでいく。

『黄金旅風』の末次平左衛門も出てきて
彼はあいかわらず賢いけれども、やはり無力で。
他にも個々、賢い人はいても、どうにもできなくて。
頑張りたくても、無駄死にすることにしかならないという状況。

人間一人ひとりの無力さばかりを感じる。

それでもやっぱり、
現代のプロジェクトはどこかで誰かがバカなのだと。
バカを駆逐すればなんとかなるとか、
賢くなればなんとかなるとか、
そういう希望を持ちたい。

彼らに比べたら、私たちは比べ物にならないくらい平和な世界に生きている。

| book | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

あるキング(伊坂幸太郎)

伊坂 幸太郎
徳間書店
¥ 1,260
(2009-08-26)


藤川球児さん、という野球選手がいる。
野球にはあまり(というか全然)詳しくないので
コアなファンの方々の評価は分からないけれど
そんな私でも知ってるくらいに
第一線で活躍している方だろう。

失礼ながら、この名前を聞くたびに
「ここまで野球が上手くてよかったねぇ」と
思わずにいられない。

例えば、
もう一切、野球とは関係のない人生だったら
それはそれでよいかもしれないけれど、
下手に野球やってて「そこそこレベル」とか
甲子園目指す学校の野球部には入れるけど一軍には上がれない、とかさ
名前とのギャップが出ちゃうじゃない、なんて。
余計なお世話。

名前は呪だ、なんて陰陽師は言ったりしたけれども
影響あるよな。

女の子の双子が生まれたときに
片方は天使って意味の「あんじゅ」、もう片方に「ぶた子」と
名づけて育てたらどうなるんだろう、なんて書いていたのは
いつか読んだ少女小説だったか。

前置きばかり長くなったけれど
王になることを求められて生まれてきた王求(おうく)。

野球が上手すぎる彼をまわりの視点から描き出す。
人称の作り方があえて混乱させる作りになっていて
それがまた面白い効果を生んでいる(気がする)。

最近の伊坂は、僭越ながら
一般に読みたいと思われそうな作品を書く傾向が強くて、
ちょっと残念に思っていたのだけれど
「自分が読みたいものを書いた」といって出てきたのがコレで
少し安心した。
やっぱりすごいじゃないか、伊坂。

才能って何だっけ?

王求は天才ですらなく、王なのだ。

それでも単に孤高なだけでなく
オナニーもするし、恋人とも寝るし、
名前を貸してくれる友達もいる。

天才を超えた技術を持つからこそ
幼い頃から敬遠され続け、敵を作り続けてきた彼が
それでも「野球は楽しい」というところに一抹の救いを見出す。

人と人との“関係”ではなくて
一人一人の思いが重なって世の中は出来ているのだ、なんて思う。

| book | 23:03 | comments(3) | trackbacks(1) | pookmark |

読書、そしてスポーツ

海老沢 泰久
文藝春秋
¥ 700
(1994-05)

秋ですからね(←関係ない)

というわけで最近読んだ本とか。

◎美味礼讃(海老沢泰久)
辻調理師専門学校の創始者・辻静雄氏の伝記的小説。
当時の日本における「フランス料理」に疑問を持ち、
実際にフランスに行って100軒以上の名門レストランで食事をし、
その料理を日本に広めたという。

「彼以前は西洋料理だった。彼がフランス料理をもたらした」
という裏表紙のあらすじの言葉が
上手くそれを示していると思う。

辻氏がフランス料理をもたらしてから
それなりに時間は経ったと思うのだけれど、
私が食べたことのあるフランス料理は
フランス料理だったんだろうか。

確かにそこにはテリーヌもあったけれども
彼が食べているものと比べて
それが本当のフランス料理なのかは甚だ不明だ。

辻氏の言う本物は、
とてつもなく美味しそうだけれども、
私は一生口にしないままかもしれない。

でも実は
新婚旅行の間ずっと、ホテルの食事を食べていて
確かにそれはとても美味しかったけれども
一番、おいしいと感じた食事は
帰国した日に、家の近くのラーメン屋で食べた味噌ラーメンだったりする。

辻氏の友人が言う

「こんな料理は無用のものだ。誰も食べられやしないんだからな。おまえは何の役にも立たないことをやっているんだよ。ラーメン屋のおやじのほうがよっぽど立派さ」

っていうのを実感してしまった次第。笑。

それでも辻氏はすごく運が良くて恵まれていて
幸せな人生を歩んだんだろうと思う。

さておき、面白い本であることは確かなのでオススメです。

◎ぼくのメジャースプーン(辻村深月)
辻村さんの本には独特の雰囲気があるのだけれど
それって日本語の使い方からきているのかなぁ、と。

すごく正しいというかマジメというか優秀な学生さんっぽい日本語に見えるのだけれど
(けなしているわけではなく。読みやすくて嫌いじゃないです)
それによって柔らかくて暖かくて、でもどこか捉えどころのない、でも居心地の良いような
そんな雰囲気がうまく形成されていく。

小学校4年の「ぼく」にはある特別な「力」がある。
使ってはいけないと言われていたのだけれど、
ある事件で心を閉ざした「ふみちゃん」のために、その力を使うことにした…というハナシ。

自分の大切な人を傷つけられたら
犯人にどう復讐するのか。
その“憎しみ”とでも呼ぶべきものをどう消化するのか。

かれこれ30年近く生きてきて
「なんとかして忘れる」みたいな消化方法を
私もいつの間にかそれなりに確立してきたようには思うのだけれど、
もちろん、幸いにも私はそこまでの事件にはめぐり合っていなくて
その消化方法が本当に上手くいくかは分からない。

その方法すら持たない「ぼく」が
必死にそれを探し、飲み込もうとしているのは痛々しくて。
そんなに頑張らなくていい、と言いたくなるけれど
きっとそれでもまた、彼は消化できないだろう。

最後は少し光が見えるラストで、少しほっとする。
一気に読んだのに、すごく印象に残る。
そんな本でした。

*****

変わって、運動会のハナシ。
シーズンですね。

NKのエントリから(後半あたり)。

運動会って単にスポーツするだけじゃなくて
色々な教育的意義があるんだね、ってのと
「集団の中でうまく生きていける子供を育てている」という印象が強い、っていう話。

最近特に気になったことなんだけど、教室の中でこんな会話があった。みんなでやるゲームの説明をしているとき:
先生「さっき、最初にルールを説明しますって言ったけど、どうしてルールを知らないといけないのかな」
A「ルールを知らないと、よくわかんないからあっちで他のことして遊ぼうよってなって、みんないなくなっちゃうから」
先生「うん、そうしたらみんなでできなくなっちゃうよね。ほかにあるかな」
B「ちゃんと聞いてないと先生に怒られる」
先生「先生に怒られる(笑) うん、でもどうして先生は怒るんでしょう」
C「ルールがわからないと、みんなで楽しく遊べないから」
先生「そう!!いい答えだ!そうだね!みんなで楽しく遊べないんだよね。そのためにルールが必要なんだね」

私は、Cみたいな優等生発言は苦手で
「先生に怒られるから」って思いながら
それをそのまま口に出すのは何かが間違っている、という認識はあるから黙っており、
Cの発言を聞いて、なるほどー、っと思っていたタイプです。多分。

まぁでも、会社に入ってからは
「『えー、面倒だからやだー』って、お客さんにメールしといて」って言われて
「いただいた要件を追加しますと、かなりの工数を追加することになるかと思われます。大変恐縮ですが再度ご検討いただけますよう…云々」っていうメールを出したりとか
「『早く返事くれ』って連絡しといて」って言われて
「大変恐縮ですが、ご確認の状況はいかがでしょうか?ご確認が終わり次第、お早めにご連絡いただけますよう…云々」っていうメールを出したりとか
そんなことをしている。

それを小学生のころからやらされてたのかー、とか思った。

もちろん個性を伸ばしたりってのが大切なのは反対しないけれども、
協調性を教えるのも必要だとは思う。
でもここまであからさまに言い回しを教えてた(教えられてた)のか、ってのは軽く衝撃。

さすがに小学校のころ、先生にどう言われたか、なんて覚えてないけれど、
昔からずっとこういう教育だったのか
最近の傾向なのかは気になるところ。

最近こう変わったのなら、それは少し過剰なのでは?と思うし、
先生の質が、とか思わなくはないけれど
きっと私はその変遷をどうこう言えるほど長く生きていない。

ひとつ確かなのは、旅行で(おそらく)増えた体重を戻すために
(怖くて体重計にも乗れない)
何か運動しなければならない、ってことだ。

長文失礼しました。

| book | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

日本でいちばん大切にしたい会社(坂本光司)


本屋で平積みにされているのは知っていたのだけれど
相方が図書館で借りてきたので
読んでみました。

そもそもまず、このタイトルに違和感。

この本自体は
「一番大切にしたい会社たちの中からいくつか」紹介する
ってことなんだけれど
「いちばん大切にしたい会社」って
言い切るなら、
一つに絞って胸張って紹介してよ!と無茶を思ってみる。

というか
そこまで自信を持って紹介できるほどでないのならば
「いちばん」だと言い切らないで欲しいんですよ。
まぁ、タイトルで言い切りたいのも分かるけどね。

ここで紹介されている会社は
他のメディアで取り上げられる機会も多いようで
知ってる話もあった。

それは別によいし、
社会のため、地域のために会社はあるべき、というのも
よさげに思える。

そして確かに、ここで紹介されている会社は
すごい会社なんだとは思うんだけど、
やっぱり何かが違う…という気がしてならなくて。

ひねくれモノなのは重々承知で言ってしまえば
「ほら、いい会社でしょう!そうでしょう!ほらーーーー!!!」
みたいな踏み絵を強要されている気分になる。

個人的に引っかかってしまったのは
「非正規従業員は自分のために働き、
正規従業員は会社のために働く」とか
サラっと書いてあったことで。

そのあとは
「だから、非正規従業員の安い給料のまま長時間働かせようとするのは間違いなんだ」
みたいな流れになるから、
言いたいことは分からないでもないのだけれど、
正規従業員だって、会社のためだけに働いているわけではないと思うぞ。

もちろん
会社は従業員のためを思って動き、
従業員は会社のために働く…ってのができれば
理想なのかもしれないけれども
それって、深く相思相愛じゃないと難しいし、
そしてそのまま従業員全員で会社と心中するのかっていうと
やっぱり従業員には会社以外の生活ってのが不可欠なわけだし、
会社が従業員を思うのは100%たりえても、
逆はありえないわけで…とか深く考えてすぎてしまった自分。

そもそもここで紹介されている会社って
確かにいい会社ではあるのだけれど
このままだと、どこか宗教的というか、やや不健全にも思えなくもない。

会社の駐車場に入るのに右折しなきゃいけなくて、
そうすると道が混んじゃうから、社員は絶対遠回りして左折する、とかさ。
やや病的じゃないか?
それとも紹介の仕方が大げさなだけなのか?

書いてあることは正しいのだけれど
それをもっと気楽に、というか
“思いつめずに”やりたいじゃん。
ちょっとストイックすぎるように思えるんだよね。

だからといって日本の会社がこのままでいいとは思わないし、
残業当然な世の中って、どうなの?と思うし、
あー会社で働くのってやっぱり向いてないわーと
思ってしまったりもする今日この頃だったりするわけで。

日本はすべての会社で一斉に残業禁止にしてしまえばいいと思う(←暴論
「残業したい人たち」撲滅運動を起こしたい。

| book | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

凍りのくじら(辻村深月)


自分は人よりも優れているという選民意識、みたいなもの。
その気持ちは、まぁ、分からないでもないのだけれど、
最後のところでこの主人公・理帆子には共感できない。

それは幼さであるかもしれないけれども
自分自身を「Sukoshi Fuzai(少し、不在)」として
自ら友人たちとの間に壁を作っているところだろう。

その壁は、あなたから崩せるのだと、
あなた次第なんだと、小一時間といわず2、3時間説教したい。

友達との付き合い方ってのは難しいもので、
私自身も
遊びに誘われることばかりを期待して、
誘われなくてへこむ、みたいなことをやってた時期がある。
あぁそうか、自分から誘えばいいのか、と
あまりに当たり前のことに気づくまでに
実は恥ずかしながら結構掛かっていたりするのだけれども、
そのとき少しその壁らしきものを乗り越えた気がした。

理帆子は全く同じなわけではないけれども、
なんかその、最後一歩を踏み込めていない感じの背中を
ドンと押したくなるのは、もはや老婆心なのかもしれない。

元彼との関係もあまりに下手くそで、
彼女の“友達”たちが、どれほどあなたを心配しているか
なぜ分からない?と悲しくすらなる。

理帆子はお父さんの影響から
ドラえもんと藤子F先生に相当の思い入れがあるのだけれど、
ここまで強い思いは興味深いというかなんというか。

ドラえもんはもちろんかつてアニメを見ていたけれども
私にとってはそれ以上でもそれ以下でもなくて、
長編映画も一度も見たことがない。

今ならばキチンと話を聞こうと思うかもしれないけれど、
高校時代なら笑って聞かなかっただろうと思う。

まぁ、そういうあたりの「ドラえもん」への意識も
すごく効果的に使われていて、
上手いなぁ、とは思う。

っていうか、ドラえもんと聞いて
誰もがあのネコ型ロボットを思い浮かべられるなんて、
ドラえもんの偉大さとか、改めて感じてみる。

オトナになった理帆子は、
“友達”たちと、その後も付き合っているんだろうか?
エピローグで分かる“彼”とのその後ではなくて、
むしろそちらが気になる。
このラストからそれが読み取れなかったのが、個人的にはとても残念。

| book | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

ファミリーポートレイト(桜庭一樹)


生きるということは、こんなにも切実で必死なものだったか。

子育ては洗脳だ、というのはかなり昔からの持論で、
例えば
いまだに私は「ご飯を残す」ということにものすごく抵抗があるのだけれど、
それは、小さい頃から「残しちゃいけません」と言われ続けたからだ、と
同じくご飯を残せない妹と二人、確信している。

そんなことに限らないけれども、
親の考え方だとか、習慣だとか、生活だとかが
ものすごい勢いで子供に影響を与えているのは
疑いもない事実で、
やっぱりそれって、ある種の洗脳だよな、と思う。

マコとコマコもつまり、そういう関係。

逃げ続けた母、マコ。
どんなにヒドくても「手下は絶対服従」をいつまでも守るコマコ。

学校にも行けなかった暮らしを、
それでもコマコは懐かしむ。

家族って一体なんだ?

金魚のカフェでバイトをしながら
真田と付き合っていたコマコが
やっぱり一番幸せだったんじゃないか、と思えてしまう。
文壇に連れ戻したのは編集者の是枝のワガママではないのか。
その方が、コマコは幸せだったのか。

幸せ、って、なんだ?

物語を生み出すために、必死に
自分を切り刻みながら書くコマコ。

作者自身を投影しているようにも思えるけれど、
本人がそれを消しきれていないような気も。
そのせいか、後半やや消化不良なのだけれども、
それは単に思い描く“幸せ”の姿が
コマコと私で全く違った、というだけのことなのかもしれない。

ただ、いかに自分が、漠然と生きているのか、を思った。
でも、それこそが幸せだと、やっぱり私は思う。

| book | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

白い薔薇の淵まで(中山可穂)


懲りずにまた読んでしまった…。中山可穂。
うーん。この人とはやっぱり合わないのかも。

なんて言いながら
ものすごく久しぶりにレビューなんか書いているのは
意見の相違があるところには論じるべき何かがあるってことなのか。笑。

ややネタバレ、辛口になっておりますので、
あらかじめご了承くださいまし。





前に大崎善生の「アジアンタム・ブルー」か何かを呼んだ友達が
「男性的妄想」と切って捨てていたけれど、
彼女に倣うならば
これは「女性的妄想」。

方向性はやや違うものの、江国香織的なパターンも覗いている。

だいたい
主人公はマーケティングの部署にいるのに日々夕方6時に退社ってどんな会社だよ?
マーケティングという名のコールセンターか、
よっぽど雑用係かのどっちかでしょう。
“マーケティング”という響きに憧れて、主人公の職業に採用したとしか思えない。

手料理を盛り付けるのに
結婚式の引き出物の皿はNGで、
備前や信楽を買い集めて…って、おいおいおいおいおい。
いいけど、いいけどさ。
何か違和感を感じるのは私だけか?

引き出物だっていいじゃないか!
ちなみにうちの皿は半分くらいは引き出物だ!

そもそもこの主人公の“クーチ”。
ちょっと受身すぎるんだよね。

セックスだって、
喜八郎(男)とはダメで、塁(女)はいいって…。
男女の差で良し悪しじゃないってのは分かるんだけど、
うーーーん。
私は同性愛者ではなくて、女性同士のセックスの感覚は分からないのだけれども、
そういう性的なところって
男女の違いが大きいと思うから、
そこを乗り越えて、同じ気持ちや感覚を理解し合えるのは女同士のが近いんじゃないか、
とは思うのです。

だから、そこの差で、男性とのセックスに躓いちゃうのも分からなくはないような。

でも!
男女だろーが、女同士だろーが、
自分が気持ちよくなるかだけが大切ではなくて、
お互い気持ちよいかどうかが大切なわけで。

まぁ、一方的なのが好き、って人もいるだろうし、
そこを理解できてなーい男が多いのも認めるけれども、
男は勝手に気持ちよくなるんだから、あとはワタシを気持ちよくしてよって女も
いかがなものかと。

そういうときに積極的にはなれないというのも分かるけれども、
クーチの場合、
自分から相手に何かしてあげるのは
相手が本当に落ちちゃってから…みたいのは、なんか納得いかない。

それに、
親からの結婚や孫への期待だとか、
そういうところの気持ちも分かるのだけれども
だからって喜八郎の扱いがひどくないか?

いまどきいないよ!こんな男!ってくらい貴重な“いい人”なのに。

親だとか世間体だとか気にして結婚したなら
その生活を貫けよ!

取り繕えないなら、最初からその道なんて選ぶべきではないのだ。

塁と再会してしまってからも
もう少し誠意あるというか、そこんとこちゃんとしようよー。

それこそが愛に溺れるってことなのかもしれないけれど、
それで結局、喜八郎も塁も不幸にしかしてないじゃないか。

なんだかんだ言って自己中心的。
中山さんはどうも、そういう女性がお好みらしい。

| book | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

影武者徳川家康(隆慶一郎)


小学校の頃に、なぜかクラスで伝記が流行ったことがあって
図書館の伝記をみんなで競うように読んでいた。
もちろん小学生向けの簡単なヤツなんだけど、
戦国武将も一通り読んだはずなのに
内容はすっかり忘れて、覚えていない。
もったいないことに。笑。

でも、あのときみんなを夢中にさせるほどの何かが
あの伝記たちには潜んでいたのだ、と思う。

これはやっぱり歴史に夢中になった人が
書いていく物語。

徳川家康が実は関が原で死んでいて、
その後は影武者だったのだ!というハナシで
家康影武者論というのは
歴史学的には、言ってみればトンデモ学説扱いなのだけれど
それをフィクションながら
影武者の存在で歴史を説明していく物語。

少し文体に慣れなくて
上中下と3冊読むのに、3週間近く掛かってしまった。

でもやっぱり歴史って面白いよなー。
というか
作者が魅せられている歴史の魅力がすごく伝わってくる物語でした。

史実の裏側には人がいて
彼らの感情があって動いているわけで。
歴史って人間ドラマであるわけで。

影武者である二郎三郎や、忍の六郎、風魔衆、島左近など
作者が肩入れしているキャラが分かりやすくて
上手いこと立ち回りすぎ。笑

そして
彼らと敵対する秀忠や、その忍の柳生、淀君はまた
ひどい書かれようで。

中巻あたりまでは
彼らをやっつけていくのが爽快なんだけど
だんだんかわいそうにすらなってくる。笑。

それにしても
二郎三郎の亡くなった後の江戸は
そして今の東京は
彼らが見たらどう写るんだろうか。
今の時代は彼らに羨んでもらえるだろうか。

自分の子供たちは、戦いのある時代を知らないで生きていく。
安全に鷹狩を楽しんだりすることを
当たり前に思いながら育っていく。
それでいいのだ。

そんな言葉が、やけに身に染みる。

柳生の忍たちは死にすぎだろとか
風魔、強すぎだろとか
風魔のご隠居ながら最前線に出てきた風齋って
二郎三郎よりずっと年上だと思ってたんだけど
なんであんなに元気なの?とか
色々ツッコミどころはあって
どちらかというと分かりやすい勧善懲悪な物語ではある。

でも、あのラストに、
人の幸せってこういうものなのか、と
なんだかすごくしみじみと思わされたのでした。

| book | 22:32 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |

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