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残業すら、羨ましいのだ。

飲みすぎて家の鍵をなくすとか、
それなりの失態をしでかしてきたうちの旦那は、
飲みに行くのはいいけれど、飲みすぎないように、ということを
放っておくとどうにも守れないということで、
そのストッパーとすべく、
終電までには帰ること、というお約束をしている。

のだけれども、
昨日は、終電に乗って帰ろうとしたのに、
違う電車に乗ったので、終電間に合いませんでしたという
これまた失態をしでかし、
たったこれだけで“失態”と呼ぶのは
確かにちょっと厳しいのかもしれないけれども、
終電に間に合わなかった、という事実よりも
「山手線に乗ったら中野にいた」という
謎の事実をもって言い訳にしようとしているという酔っ払いぶりが問題なわけであり、
深夜に悶々とした気持ちを抱えることになるわけである。

なんというか、
旦那の飲み会のたびに、こんなことを考えているような気がして、
自分でもいい加減にしたい。

グルグルと堂々巡りな思考の末、
ぼんやりと思っているのは、
私がかつて当たり前に持っていて、
妊娠・出産を経て、手放すことになったものを
旦那が当たり前に、普通に持ち続けているのが、
羨ましいんじゃないか、ってことだ。

それは、かつて私も当たり前に持っていて、
世の中でもあまりに当たり前に普通だから、
それをズルイとか、スゴイとか、言えないほどのものであって。

たとえば、
お迎えなんて気にせず、やりたいだけ残業できることだったり、
基本的に自分の都合だけで飲みに行けることだったり、
するのだけれど。

なんというか、
どうしたって子供が生まれてからの私は
友達にとって、飲みに誘うハードルがとてつもなく上がっているのはわかっていて、
正直「久しぶりに飲もうよ」が誘いの言葉だった人で、
疎遠になってしまっている人は何人もいる。

そんな中で、
人脈も大切だよねー的なオーラを醸し出しつつ
飲み会に行かれると、
すごく焦る。

そりゃ友達は自分から誘えばいいのだけれど、
そんな余裕が、なかなかないわけで。

話は少しずれるのだけれど、
先日ダンナの同僚で、子育てしながら仕事に復帰してる女性と話す機会があって、
「定時後の会議には出席できない」という話をしていた。
そりゃそうだよね、と思いつつも、
本当にそうなのか、と思う自分もいる。

業態的に定時以降じゃないとメンバーが集まれないというのは分かるのだけれど、
これって当たり前でいいんでしたっけ?
もう一つ、直接聞くことはできなかったのだけれど
彼女の旦那さんは、会議があるときにお迎えを変わってはくれないんだろうか?

夫婦で働いて子育てをしているんだからさ、
妻側が、仕事で定時後に会議とかが入った時に
旦那さんは仕事を早く切り上げるのが当たり前に、
もっと気楽にそういう切り替えをできるように
すべきなんじゃないのか?

このあたりからはだんだん偏見になってくるけれども、
奥さんに定時後会議が入ったら自分が仕事を切り上げるという可能性を
まったく考慮していない男性陣こそが、
会議に出席できないママさんたちを
「どうせ会議にも出ないしさー」と
安易に非難しているような気がしてならない。

ちなみに私も、
定時後に設定された勉強会やら何やらは
出席できていない。

会社の人たちの
「でなくていいよ」という言葉に甘えてしまっていて、
そういうところを理解してもらえるのはすごく助かるし、
正直それがないと両立とか本当に本当に無理なのだけれど、
なんだかもやもやする。

いつか、子供が大きくなったときに、
自分の人生を子供のせいにするような親にはなりたくない。
だけれども、ふとした瞬間に、
自分の成長が止まっていることとか、
キャリアアップに腰が重くなっていることとか、
新たな一歩を踏み出せないこととか、
そういうのをどこか、子育て中だしという理由にもっていく自分がいて、
それに気づいた瞬間に、情けなくてたまらなくなる。

飲み会の話ではないけれど、
私が色々手放しているものと引き換えに、
手にしたものも大きいはずなのだけれど、
どうにもこうにも未練があるらしい。

| days | 00:08 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

ドリアン・グレイ @オーチャードホール(7/15)

久しぶりのマシュー・ボーンの新作ということで、
気合入れて、S席をとってみました。

オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を原作に
現代を舞台にした作品。

カメラマンのバジルにその美貌を見出され、
一躍人気モデルになったドリアン・グレイが
何人もと肉体関係を結び、浮かれているところから、
転落していく様子を描いたもの。

なんと、最終日にいったらパンフレットが完売という人気ぶり。
なんですかね、これは。
最近、パンフレットを買っても見返すことはほとんどないということで、
買わないようにしている私には関係ないことですが。
関係、ない、もん。むぅ。(未練あり)

さておき。

R15指定ではありますが、
エロ的なものは、ドキっとさせるほどの絡みでありながら、
どこか健全なのはなぜでしょう?
まぁダンサーのミナサマが下着姿で舞台を走り回っているのは
その筋肉の素敵さにクラクラしてたので、いいのですが。

なんというか、新作にして傑作かというと
それはまた少し違う気もするのだけれど、
集大成、という印象は受けました。

相変わらず、シュールにして救いのない物語よね、というのではあるものの、
基本的にはSWANと同じ構成では…なんて。
ベッドに始まりベッドに終わるのもそうだし、
レディHって、SWANの女王と同じポジションだし、
ドッペルゲンガーも、黒鳥だよね、なんて。

舞台中央のセットがグルグルと回転するようになっていたのだけれど、
シーンを入れ替えながら、ダンサーもその周りを移動したりして、
構成は結構面白かった。

あっちとこっちを行ったり来たりしているうちに
どれが本当なのか、どの自分が本当なのか、わからなくなる感覚を表しているの、かも、
というのは、今あとからくっつけた理屈ですが。

冒頭からこれでもか!というほどの迫力で
圧倒されまくりではあるのだけれど、
全体的に今まで以上に振りが“バレエっぽく”ない、ものだった。

生意気を承知で言うならば、
バレエダンサーとして完成された方々が
身体を持て余しているような印象も、受けている。
力を抜き切れていない、というか。

かといって、この舞台全体の振りを
バレエダンサー以外の誰かができるかというと
それはそれでほかにそうそういるもんじゃないとは思うのだけれど、
あのシーンの、あの振りは、もっと別なダンサーのが向いているのでは、と
思うところもあるにはあった。

そもそもバレエだけだってすっごくすっごく大変なのに、
彼らはいったいどこまで求められるんだろう、なんて。

惜しまれるのは、
原作でもあるオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を
私が未読だったことであって。

しまったと思いつつ、現在入手すべく動いております(汗)

ともあれ、
息をするのを忘れていたかも、と
観終わった瞬間に大きく息を吐いて初めて気づく、
そんな舞台だったことは確かであって、
暑すぎる夏の一日に、
幻想世界を目いっぱい吸い込んだので、
これを養分にこの夏を乗り切りたいものだと思うのです。

| stage | 14:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

「在宅勤務は自営業扱いです」

妊娠中に、区役所の保育課に話を聞きに行ったときに言われた言葉だ。

その時はあっさり「そうですか」と思ったのだけれど、
後から考えれば考えるほど意味が分からない。

うちの会社は、仕事上融通が効くこともあって
育休復帰後は在宅でもいいよと言われていたので、
その場合の保育園はどうなるのか気になって聞いたのでした。
(結局はやっぱり会社に出社した方が仕事がしやすいのもあり、会社に出てますが…)

ちなみに、自営業扱い、ということは
保育園入園の優先度が下がって、つまりは入れないですよ、ということ。

先日の「ワークシフト」にもあったように
インターネットやクラウドサービスの普及とともに
「場所を選ばずに仕事ができる」時代に突入する中で、
そして、多様な働き方ができるうようにしましょう、みたいなお題目が唱えられている中
(小さい会社だから逆に柔軟すぎるほど柔軟にできるだけだけど)
新しい制度を取り入れていこうとしているトコロに対して
ちょっとその仕打ちはどうなのか、というのは大げさだけれど、
まぁ色々思った次第。

フリーランスだと保育園に入りにくい、というような話を
最近よく見かけたりもするので、
そのあたりも含めてまとめてみようかと。

そもそも、保育園はどんな基準で入園をさせているのか。
※自治体によって異なります。あしからず。
東京23区あたりは多分似た形だと思います。点数とかは区によって異なります。
気になる方はお住まいの区や市に問い合わせてください。
ホームページに掲載されているところも多いですので…。

まず、両親の状況に点数がつきます。
例えば

居宅外労働 月20日以上 日中8時間以上の就労を常態 20点

まぁ、フルタイムで働いていますよと。
この場合、夫婦でフルタイムで働いているとその家庭は40点になる。
ここに更に、兄弟が保育園に通っていると1点加算とかいろんな加算があり、
点数が高い家庭から希望の園に入れる仕組み。

が。
激戦区と言われるエリアでは、
基本的にほとんどの家庭が両親フルタイムの点数を持っていて、
そこから先での戦いになるわけです。

ではでは、自宅で仕事をする場合はというと…

居宅内労働 月20日以上 日中8時間以上の就労を常態 19点

とかになるんですね。

在宅勤務で同じだけの時間働いたとしても、点数が下がる。
夫婦で40点持ってるところから戦っている中で、
この1点はかなり大きい差になってしまう。

家で仕事してたら、子供の面倒見ながら仕事できるとでも思ってるんでしょうか?

あくまで個人的な印象ですが、
自営業が、家族でお店などをやっている人ばかりだった時代の名残じゃないの…。

あまりに前時代的というか。
確かに、会社まで毎日出勤している身からしたら
家で仕事してる人より優先して欲しいって気持ちも
分からなくはないけれども、
子供の世話しながら、仕事はできませんっていうのは
動かしようがない事実だと思うわけです。

ただ、今回このエントリーを書くにあたって調べてみたら、
居宅外労働と居宅内労働の点数に差がない自治体も多くありました。
その方がこれからの世の中になじんでいくとは思うのだけれど、
まだ(うちの区はじめ)そうなってない自治体もあるわけで。

それこそ、「働く場所は関係ない」時代がそこまで迫っているのに、
この基準はあまりにひどいわけだし、
企業側の制度改革の足を引っ張りかねないモノでは…なんて。

保育園に入れたいから、4月生まれがいい、とか、
どうしたって思っちゃうけれど
(翌年の4月に0歳児だと保育園に入りやすいから)
そんなこと思わなくていい世の中になんとかできないものか。

3歳まで育児休暇とか、やっぱりふざけてるとしか思えないけれど、
それでも3歳児になれば、こんなに悩まずに子供を預けられるというならば
(保育園でも3歳から預かれる人数が増えるとか、
幼稚園を使えるようになるとかとかの事情により)
3歳まで1年半ずつ、母親と父親で交代に休むとかね、ダメですかね?

いい世の中に変えていけるように、何から頑張ればいいんだろうか。
毎日を必死に生きるだけでは、多分足りないのだ。

| days | 13:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

小説家に、なりたかった。

子供のころ一瞬だけ抱えた、つたない夢ではあるのだけれど、
小学生ながら、その夢を聞いた親や親せきの
「おー、そりゃすごい」という言葉についてきた(笑)に
「お前には無理だ」という気配を濃厚に感じ取り、
あっさりとその夢を撤回し、
「とにかくこれなのだ」というモノを思いつかないままに
ぼんやりと生きていくわけである。

いろんなことが巡り巡って現在、
コピーライターの端くれの端くれとして
文章を書いてお金をいただくところに辿りつき、
かつてのSE経験も
自らを特徴づける糧にすることができていて、
運よく、納得どころに、落ち着けたものだと自分でも思う。

子育ては洗脳だ、というのは
常に思ってきたことであり、
何より自分自身に親(というより母)の影響は色濃く出ている。

大学受験は大変だからと、中高一貫校を受験させた母。
その仕事は大変だよと、言っていた母。

無意識というより、もはや反射的に“大変さ”をお避ける習性が
骨の底まで染みついている。

けれども、これまた身に染みて知っているのは
大変さを乗り越えないと、「すげーーーー楽しい!」こともなかったりするのだ。

だっていつも思い出すダンスの思い出は、
すげーーー大変な練習だったり、
もう二度としない!と思う裏方仕事だったりとセットで、
それを乗り越えたからこその
アドレナリン放出があるわけだと。

なぜ、仕事においては、大変さばかりに注目して、
その先にある楽しさのことを教えてくれなかったのか。
母に文句を言いたい気持ちが一つもないと言ったら嘘になるけれども
母なりに一生懸命、子供を思っていたことは分かるし、
一般事務からの専業主婦であった母に
「女性としてのキャリア形成」まで考え抜いた子育てを求めるのは
酷だろうとも思う。
(むしろ問題は子育てにおける父の不在かもしれない)

前置きばかり長くなってきたけれど、
ワーク・シフトである。

今まで通りの働き方では、哀れな未来が待っているよと
具体的なイメージを描きつつ、
自分の得意分野をすっごく伸ばして頑張ろうねと、
人生で何が大切なのかを自分で選ぶようにしようねと
ざーーっくりいうとそんなアドバイスがされていて、
正論すぎるほど正論であり、納得ではあるのだけれど。

でも、自分はこれだ!ということを
お金その他もろもろのデメリットを乗り越えてまで選べる人って
どれだけいるんだろうか?
それを見つけられること自体がとても恵まれていることだと
この著者は気付いているんだろうか。
ということを、ツラツラと述べてきた生い立ちを持つ私としては考えてしまった。

「仕事が本当に好き」という人は
宝くじが当たった時に、このお金をどう仕事に使おうか考える人だと
思っているのだけれど、
そんな人そうそういない。
大体、どこでも交わされる会話の常として
「宝くじ当たったらまず会社を辞めたい」というのは
よくある話。

そもそもこの本で対象とする読者自体が、
世の中でも上の方に属する人たちだと思うのだけれど
研究者だというには、調査対象があまりに“意識高い系”な人に偏っていないか?
働き方シンポジウムに積極的に参加してきた人の言葉ばかりというのは
ちょっと足りなくはないんだろうか?
その辺で働いている人に話を聞きにいったりはしないの?

何よりも、シフトに成功した女性(子育てと両立している)の例が
みんな小説家やコラムニストばっかりってのはどうなの?
事務として働いていたけれど、経理も面白そうだと思って
勉強して転職しました、というのも立派な“シフト”のはずだし、
そういう例なんていくらでもありそうだけど。
(これって、日本と海外の違いだったりする?)

極端な世界を描くことで警鐘を鳴らすのが主旨というのは分かる。
でもどうしても、自分たちが最初から無視されている気持ちになってしまう。
被害者妄想かもしれないけれど。

そして、肝心な“自分はどう動くのか”だけれど、
働く母親として、今の日本社会の限界をひしひしと感じる今日この頃。
もっとスキルアップするために転職…とか思っても、
「子供が小さい」「定時退社」という大きなハードルが立ちはだかる。
今の環境で、できる限りのスキルアップをする、ってのを頑張るしかないだろう。
(まぁ、ぼんやりしていると漫然と仕事が通り過ぎて行ってしまうので
意識ひとつで変えられることは多い)

とはいえ、
私は“何を選択するか”という点において
仕事も子育ても、どちらもほどほどにやりたい、というのが
偽らざる本音で、
この本では「それじゃ駄目よ」と言われている気持ちなのだけれど、
そういう選択もしちゃいけないんだろうか。

自分を必要とされていて、定時くらいには基本上がれて、
子供と一緒の時間も持てて
時々旅行に行ける。
そういう生活をしたいんですが、ダメですか?
落ちこぼれるしかないんでしょうか?

この本が言わんとするところは多いに納得する。
これからの働き方を考えるうえでは、
一度読んでおくといい本だとは思う。

ただ、自分自身で選択を!と言われているのに、
自分が考えている選択肢は「それじゃダメだから」と最初から言われているような
多分そんな違和感を、私は感じてしまった。
とはいえこのままじゃ行先厳しいのも事実ではあるので、
さて、それをどうしようか、ってのは今の課題。

もうひとつ
子供の好奇心を、夢中になることを、邪魔しないように、
それは“大変だ”と言いすぎないように、
興味関心を持つ分野を“仕事にするいろんな道”を案内できるように、
ありたい。


ちなみに、インターネットやクラウドサービスの普及も
働き方を変える大きな要因として挙げられているのだけれど、
これまた日本社会の限界を大いに感じているので、
これはこれでまた別に書こうかと。
| book | 14:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

保育園ニュース雑感

最近、こんなニュースを見かけて、
育休中に息子の保育園はいったいどうなるのかと悩んでた自分としては
どうにも気になったので、思うところを書いてみる。

認可保育所不足 杉並の母親らあきらめない 再び異議申し立て
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013032102000224.html

なんか、これは私が気になっていたのと違う記事なので、
内容もちょっと違うのだけれど。

「育休を取っているけれど、認可保育園に入れなかった。認証保育園は高くて、納得がいかない」的な声とか、
「5つくらい希望を書いたけど、全部だめだった」
とかとか。

最初に念のため言っておくならば
育休中のお母さんたちが、保育園探しに奔走する今の状況は明らかにおかしいと私も思っていて、
子供はもうちょっと“確実に”保育園に入れるようにしてほしい。
するべきでしょ、と思っている。
(幸いにも保育園に無事通えている今)
このニュースにあるような活動に積極的に参加しようとはしていないけれど、
否定はしない。

そのうえで、気になることをいくつか。
考えもまとまっていないままつらつらと。

●まず、「入れなかった」と言っている人たちのスペックってどうなの?というのが気になってしまう。
保育園入園の基準は自治体によって違うから一概には言えないし、
私は自分の区しか調べてないのだけれど、
おそらくは東京都内は似た感じのはず。
ならば、保育園は基本的に
「両親がフルタイムで働いていて、世帯年収が低い家庭」から入れる仕組みです。
あとは、介護をしている人、障害がある人、母子家庭などは優先的に入れます。
で、パートだったり、働く時間が短い人、自営業は入りにくい。
その結果
「出産を機に退職するしかなく、仕事を探したいけれど、
保育園に入れないと採用されず、仕事が見つからないと保育園に入れない」
というどうにもならない状況も発生する。

ですがですが。
ニュースで「育休を終えて復職するつもりだったのに保育園に入れない」
と言っているお母さんたちは
少なくとも上記のケースではないよね。
じゃあ、なんで入れないのか?
年収っていくらくらいなんだろう?フルタイム勤務じゃないの?とか気になってしまう。
個人ずつの年収と勤務時間を公開せよ!とは思わないけれども、
そういう活動をしている団体として、
平均これくらいの年収がボーダーラインみたいです、なところって出せたりしないのか。
なーんて思ったり。

●次に出るのが「どうしても認可保育園に入りたい」という声。
確かに認証は高い。認可と比べてすごく高い。
月10万円くらいかかる。
月10万円という額は、子供3人につき保育士1人(乳児の場合)と思えば、
相応の金額なのでは?と思う。
ただし、その額をどれくらい誰が負担するかは別問題。
認可保育園だって、それくらいかかってるけど、
区が補助する割合が大きいんだよね。
結果、両親の負担が少なくなっている。

けれども、認可に入れなくて、認証になった途端にすごーーく補助が減る。

もちろん認証保育園はそれぞれいろんな特色があって
英語の先生が来るとか、音楽を取り入れているとか、
そしてその分お値段に上乗せされていたりするわけでして。

そのお値段でもいい、とわざわざ通わせている人たちだっているのだけれども。

本当にあくまでたとえの数字だけれども。
年収700万円の家庭が認可に入れば月5万円なのに
年収710万円の家庭が認可に入れないと、認証に月10万円払わなきゃいけない。
みたいな状況が発生しているところが問題。

そこさー、もうちょっと認可だから、認証だからっていう枠を外して
段階的に補助できないものか、と思うわけです。

もう一つ。
うちの地域に限ったことかもしれないけれども
認可保育園の方が、校舎も広くて、昔からやっている園が多く、
ベテランの保育士もそろっていて安心感が大きい、というのがある。

だから認可がいい、というお母さんたちも多い。

個人的には認証は結構しっかりしたところが多くて、
金額さえ別にすれば、全然問題ないと私は思ったけれども。


なんだか全然まとまってないのだけれど
なんとなく吐き出したくて、エントリー。
育休中に、保育園のことを考えて胃が痛くなるお母さんがいなくなるといい。

| days | 22:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

Kバレエカンパニー『シンデレラ』at Bunkamura オーチャードホール

Bunkamuraの難点は、
せっかくバレエ世界に浸って気分がいいのに、帰り道に渋谷を歩かなきゃいけないところ。
渋谷が悪いわけではないけれど、その落差に少し戸惑うのです。

Kバレエカンパニーはずっと気になっていたものの、
機会を逃していて、今回が初でした。

シンデレラが継母とその連れ子にいじめられているところから、
魔法にかけられて舞踏会へと向かうところまでを描いた第一幕。
舞踏会を描いた第二幕。
そして王子のシンデレラ探しの第三幕。

やっぱりメインは第二幕ですよね。

舞踏会は華やかで、見ごたえがありました。
特に、0時の鐘が鳴って
シンデレラの魔法が解ける瞬間の演出はすごかった。

時間が、時間が来てしまった。
あぁ、間に合わない、どうしよう、でも、時間が、時間が、時間が!
みたいな焦燥感と、幸せがガラガラと足元から崩れていく感覚がすごくて、
こっちまで心臓がドキドキするような
そんな瞬間でした。

今回の公演では熊川哲也さんはダンサーではなく
振付師や、総監督として関わっていたわけですが。

実はそこで、舞台に行く前にどうしても気になっていたのは
「優秀なダンサーは、優秀な振付師なのか?」ということでした。

しかも、正直、第一幕では
ダンサーとして優秀でも、振付師としてはそうでもないのかも、と
失礼なことを思ってしまった次第。

もちろん、すごいですよ。全然。

ただ、個人的な好みと違ったというところもありつつ、
いささか、一つずつのシーンが間延びして感じられてしまったのも事実で。
あとは結構隅々まで振りをつけたりこだわったりしている割に
それが活きてない
(端っこにわざわざシンデレラが出てきてるのに、気付けないとか)
気がしてしまったり…。

ちょっと惜しいな、なーんて生意気をば。

で、第二幕です。
ファンタジーできらびやかな世界がこれでもかと繰り出されるのは
やはり圧巻でした。

こういうのが得意なのね、と。

全体的に、第二幕がとにかくとにかくメインで、
一幕と三幕はおまけに過ぎないという印象で終わってしまったのは、
いささか残念なところ。

事前に思っていた疑問の答えとしては、
天才ダンサーは、振付師としても十分すぎるほど優秀だったと思う。

でも、やっぱり生意気を言えば
後世にどう名を残すかというと、天才ダンサーとしてなんじゃないかと。

熊川哲也さんが出演すると、
C席13000円みたいな、とんでもない値段がついていて
どうしても手が出せなかったのだけれど、
そんなところでケチってないで
やっぱり「天才ダンサー」が踊るところを一度観ておけばよかったんだと
後悔の念を込めつつ、
それでもきらびやかな世界の余韻を思い出して、今日を終える。
| stage | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

クリスマスに見る進歩

 クリスマスと言えば
「サンタがママにキスをした」という歌があるのだけれど、
ちゃんと最後に「サンタはパパ~」ときちんとオチまで歌い上げられているにもかかわらず
なぜか長いこと誤解をしていた私。

サンタのおじいさんがママにキス…(だからパパだって)
もしやママはサンタと不倫を!?(なぜそうなる…)
そうか、サンタさんにとってはママも子どもなのか!(それなら私もプレゼント欲しい!)
と明後日の方向にたくましく妄想しておりました。

ちゃんと腑に落ちて理解したのは結構大人になってからだったことと
いまだについイメージしちゃうのは
サンタのおじいさんが若くて美人のママにキスしてるイメージだと
いらない告白をしてみます(笑)

そんな我が家の今年のクリスマスは
私を中心に一家で風邪気味というなかなか切ない連休でした。
一応子供用のサンタの衣装もあったのに
それに気づいたのがクリスマス終了間際と
これまたどうにもならない感じ。

とはいえ、
大人はクリスマスプレゼントという名目で
買いたいものゲットしたし、
チビも保育園に行けてるし
一家で胃腸炎に倒れた去年に比べれば格段の進歩と言えそうです。
来年は元気にクリスマスを迎えることが目標です(笑)
| days | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

終わりがいいから、すべていいのだ、きっと。

どれだけ放置してるんだってくらい
さっぱり更新してないブログですが、
たまに思い出して書いてみるという存在意義もまたあるのです。

毎年1年なんてあっという間だー、と
年末には似たようなセリフを誰かと交わしている気がしますが、
今年は、本当に本当にほんっとーーーに
あっという間だった。

毎日毎日を
乗り切っていくだけで精一杯でした。

余裕がなくて、ダンナとも何度もケンカをしたし、
「私が頑張ればいいんでしょ」なんて
捨て台詞と共に
身体の奥底に潜んでる気合をなんとか奮い起こして
日々を乗り切ったりもした。

ここにきて、
まだまだ終電帰りの日もあるけれども
ダンナの仕事が落ち着いて来たこともあり、
あぁ、この状態なら、これからも頑張れそうだと
やっと見通しがたった状態で年を越せそうな気がします。


もう一つ大きいのは、
そんなことかよって気もしますが、
最近、家の中が片付いてきたこと。

ちゃんと気に入ったものを買うというのをできるようになったこと。

話題の掃除本を今年のはじめごろに買って、
今年はかーなーり徹底的に物を捨てた一年でもありました。

おみやげにもらったまま使うあてのないグッズとか
どっかでもらったいつか使うかもしれないボールペンとか
買ったもののあまり気に入らなくて着てない洋服とか
そうか、全部捨てていいのか、というのに
遅ればせながら気づいたのでした。

使わないまま捨ててしまうのはもったいない。
だからこそ、買うものはちゃんと選んで買う。

まだまだステキハウスには程遠いものの
色々捨てて、色々片付けて
「物があるべき場所じゃないのに、山積み」という状況を
かなり回避できるようになりました。

お片づけ苦手な自分としては、画期的。

部屋がキレイになると、気持ちもキレイになる♪
みたいなコトバは、鳥肌が立つほど苦手なのだけれど、
片付いていない部屋は、日々のストレスに転嫁されていたのだと
改めて気づいた次第。

鬼に笑われることを承知で
来年の目標としては、
もう少し片付ききっていないエリアをどうにかすること。
この状態をキープすること。
まったく関係ないけれど、車をちょっとは運転できるようになること。

幸せです、と言い切ることは
こと日本社会において
もはや勇気ある言動ですらある気がするけれども、
あぁ、多分これは私、結構幸せなんだわと、
ノロケてみる。

今年も色々ありました。
来年も色々あるでしょう。
それでも元気に、たくましく、頑張っていけたら。
いや、頑張っていくしかないのです(笑)
| days | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

子どもは熱を出すものです。

女性が、育児休業を終えて復職する時、
「子どもが保育園に通っているかどうか」
を把握していない職場はないだろう。

では、男性はというと
「子どもが産まれました」
と言った後、果たして奥さんは専業主婦なのか、
それとも共働きで、保育園に預けて復職するのか
ちゃんと把握する仕組みがある職場って、
あるんだろうか?

「この4月から子どもが保育園に通い、妻が働き始めます」
っていう報告は、男性は必要ないんだろうか?

子どもを保育園にあずけて働くということは、
毎日、決まった時間にお迎えに行かなければならないという制限や
(遅くまで延長してくれる保育園はあるけれども)
ある日突然「子どもが熱を出しました」って仕事を休むリスクを
常に抱えているわけで、
その制限やリスクって、
ママたちだけが抱えるものなんだっけ?と思うわけです。


パパの職場は、そんなの知らないもーん、でいいわけ?


まぁ、仕事には色々ありますから、
せめて、その制限やリスクを“ママと、ママの職場に引き受けてもらってるんだ”ということに
少しは自覚的であって欲しいなんて思うわけです。

ちなみに去年、育休中にダンナが
「チームにママさんたちがいるけれど、急に休んだりするからあてにならない」
みたいなことを言ったのを、
いつまでも引きずっているのは私です。
(ダンナいわく、そうは言ってないらしいけれど、私はそう受け取ったのだ)

仕事が忙しいし、急に休まれるのが困るのも分かるけれども、
もちろんママさん達の仕事ぶりとかだってあるのだろうけれども、
それでも、チームの人たちにそんなこと言われてたら、
ママさんたちは居場所がなくなってしまう。

大体、急に休んだりするという状況は来年の私だよ?分かってんの?と。
そして今年は現にその状況になってるよと。
あなたが急に休んだりしなくていいのは、私が休んでるからだよと。

確かに私の仕事は色々と融通が効くのだけれど、
それを実現してるのは、自分で言っちゃうけど私の努力と
うちの会社の人たちの心遣いやサポートがあってのことだ。

こんな風に書くと、さっぱりダンナが手伝ってくれないみたいだけれど、
仕事に余裕があるときは、ちゃんと交代で休んでくれたりしてます。
頑張ってくれてる方だとは、思います。

でも、残業残業終電タクシーみたいな最近は、
もちろん休めるわけなんてなく。


仕事が大変なのは、とーーーっても分かるのだけれども。


チビが熱出したときに、
申し訳なさそうでありながらも、
あっさり「俺は休めない」と断言されると
なんとも言えない気持ちになる。

我が家は結局ダンナの収入に頼るしかなく、
私が存分に残業したところでそこまで稼げるわけではなく、
そうするとその結論は仕方がないところなのだけれども。

でもなんとなく、どこかで、
自分の仕事とダンナの仕事の“大事さ”を比較して、
自分がないがしろにされているような気分になって、
なんだかどよーんとしてくるのだよ。

取り留めもなく、長文になって、まとまりもついていないのだけれど、
なんとなくきっとこういうところに日本社会の限界があるような気がしている。

まずは、ダンナの職場に
残業するなー!って
殴りこみにでも行こうか(笑)
| days | 00:27 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

不平等的な理不尽さ

「日本代表のチームでも、
男性選手は、優れた選手を監督が優遇するのを当たり前だと思うけれど、
女性選手は、平等に扱われることにこだわる」

…だから扱いが難しい、というようなことを語っていたのは
女子サッカーの監督だったか
女子バレーボールの監督だったか。
忘れてしまったのだけれど、
まぁ女としてその「平等」に対する想いみたいなところはなんとなく分かる。

気づけばこのブログもかなり放置していたのだけれど、
4月に無事保育園に入り、
仕事、家事、育児の両立どころか「トリプル立」生活が始まりました。

6時のお迎えのためには
5時の退社を死守しなければならなくて、
そのためには、
毎日の仕事を常に迫りくるタイムリミットを意識しながら
間に合うかどうかのプレッシャーと闘いながら
なんとかやりくりしている状態になるわけで。

ついでに、じゃあ家に帰ったらば安心かっていうと
保育園にお迎えに行って
自宅についてからが本当の戦いだったりして、
子どもをなだめつつ20分くらいで夕飯を作り
(本気で料理は早くなったと思う)
子どもと一緒に、食べたんだか食べてないんだか分からない夕飯を食べ、
怒涛の勢いでお風呂に突入し、
眠くてぐずり始めたチビを布団に押し倒し、
それでも最後の悪あがきで暴れるのを押さえつけ、
9時過ぎに寝入ったのを確認して、
やっとやっとやっと、一息つく。

そんな生活を毎日繰り返してもうすぐ3ヵ月。

やっぱり、案の定、想像はしていましたが、


大変ですよね…。


とは言っても、
友達から話は聞いていたし、
乗り切れないっていうわけではない。
仕事を続けるという選択をしたのも自分だし、
この時期の扱いが小難しいチビを
昼間だけでもプロの先生方に任せられるというのは
自分にとって、どれだけ大切なのかは分かっている。

それでもそれでも。
残業を後2時間できたら、
もう一本仕事を受けられたのに。
あの仕事をもう少し考えて仕上げられたのに。
そういう「妥協」みたいなのはいくらでも積み上がっていくわけで。

じゃあ、ダンナはどうなのっていうと、
普通に残業してるよねと。

「一分一秒でも早く帰ろう」と思って努力してる?なんて質問が馬鹿げているのは承知ですが。

まぁ、仕事が忙しくて大変なのも分かるし、
じゃあ一緒に残業しない生活してよっていうわけでもないのだけれど、
いたって普通に残業して、仕事が大変だっていうのが、
なんだか、私には得られないものなんだよというのが
どこか伝わっていないというか、
そのあたりの「男女の不平等さ」ではないけれど、
お互いの状況に対する考えの温度差みたいなものが
居心地が悪い今日この頃。

ついでに言えば。
「会社の送別会だから飲みに行っていい?ごめんね」というときの
「ごめんね」にどうにも飲み会へのうれしさがにじんじゃってるのがね。
それならいっそ「ごめん」なんて言わなくていいよ、もう。

…それで、本気で言わなかったらまた、違うのだけれど。


私が一体、どれだけ飲み会に行ってないと思ってるんだ?


「うまいこと解決する方法」なんて転がっているわけがないどころか、
多分世の中探しても
「自分の気の持ちようを変える」くらいしか
答えなんてなくて、
私が感じている「理不尽さ」をぶつけること自体が「理不尽」なのも分かっているのだけれど
なんだかそうでもしないとちょっと疲れちゃうよね。

気持ち的に疲れているときは
いつもダンナが忙しくて、ダンナも疲れてて、
というよりも、
ダンナが忙しくて、いつも帰りが遅いからこそ
こっちも体力・精神的に疲れてくるのだから
どうにもならないのだけれど、
もうちょっと頑張ったらもうちょっと慣れて、
きっとなんとかなるんだろうと希望を抱えて今日を乗り切るのだ。

ダンナが飲み会に出かけた後を狙ったようにぐずりだしたチビが
とっても中途半端な時間に昼寝に入ってしまった隙に。

そろそろ起こしてお夕飯食べさせます。
| days | 18:40 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark |

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