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これを「不幸」と名付けますか?

男性がなかなかできない妻への寄り添い方、というエントリがありまして。

育児において妻が陥る不自由さに、あなたにも歩み寄って欲しかった、
と言われた、というパパの話。

この奥さんの気持ちは痛いほどわかる。
というか、根っこをたどればココだよね、というケンカを
うちも何度したことか。

さて、そしてそして、このエントリを受けた
妊娠中の奥さんに合わせて禁欲するのは「不幸の共有」にしかならない気がするって話…どうせ夫婦で共有するなら幸福の方が良い
というエントリがありまして。

乱雑にまとめるなら
不自由さに歩み寄ってよってのは、あんたも不幸になれってことで、
そんなのどっちも幸せにならないじゃないか。
せっかくなら一緒に幸せになろうよ、と。

まぁ、言わんとするところは分からないでもないのですが、
なんだかモヤっとした気持ちになったので、
ここに吐き出してみようかなと思った次第。

不自由さへの歩み寄りって、不幸の共有なんですかね?

ここでこの二つのエントリを並べて、
今気づいたのだけれど、
私自身はこの「不自由さへの歩み寄り」をダンナに期待するようになったのは
「妊娠中」じゃなくて、出産してから、
もっと言えば、仕事に復帰してから、だよな、ということ。

特に一人目の妊娠中は、
つわりがそれほどひどくも長くもなかったこともあり、
お酒こそ飲めなかったけれど、
比較的自由に自分の時間を使っていたし、
友達と夜会う予定を入れたりも自由にできていたので、
「不自由さ」自体をそれほど感じていなかったんだと思う。

それがですよ。
出産した途端に、自分の時間なるものが消え失せるワケでして。
そして、経験したことがない育児なる負担がのしかかってくるワケでして。

なんというか、この
不自由だから、あんたも我慢しろ!
なんていう単純な繋がりではなくて、
その後ろに、自分でも分からないくらいこんがらがった
ジレンマみたいなものが渦巻いていることを、
男性はちゃんと理解してくれているんだろうか…。

二人で幸せにっていうけど、
じゃあ、奥さんが飲みに行けるようにすればいいかっていうと、
やっぱり授乳中はお酒も飲めないし、
そもそも、生まれて2ヶ月3ヶ月の赤子を
ダンナに預けていくのは不安も不安、すっごく不安だったりするのだけれど、
それをクリアできるほど育児に自信があるのか、
小一時間問い詰めたかったりもして。
どちらかというと
飲みに行く時間があるなら、家に帰って手伝ってくれよという気持ちが大きくて。
授乳できないとか、ママじゃないととかあるけれども、
子供と関わる以外の家事だって山積みなわけで、
寝かしつけている間に、食器を片づけてくれるだけでもどれだけ助かるのか。
酒を飲むなとは言わないけれど、
酔っ払って使い物にならない状態で帰って来られても意味がないんだ。
というか、仕事で毎日終電なのに、
飲み会の日は9時から飲みにいけるなら、
その日だけでも早く帰ってきてくれよ。
みたいなみたいな…。

いや、職場の飲み会で、その日だけ早く上がれるっていう事情は分かるのだけれど、
ならはその飲みを不参加にして帰ってきてくれ、と言いたかった。
とても。
毎日ダンナは帰ってこなくて、子供抱えて一人、毎日大変なのだよ、こっちだって。

この「不自由さ」という点で、一番腹が立ったのは、
復職してからも、
仕事の歓送迎会や、打ち上げみたいなものだとしても
私は自分の都合だけで参加とは返事ができなくて。
まずダンナの予定を聞いて、
ダメなら親の都合を聞いて、
色々調整をしてからじゃないと何も決められないのに
ダンナはあっけなく
「あ、来週水曜飲みに行くから」とか
勝手に予定を決めてきたりすることだった。

それってさ。
その日私が必ず家にいる、お迎えにも行くっていう前提だよね。
確かにそうなんだけれども、
自分でも心が狭いとは思ったけれども、
それでも日程が決まってから声を掛けられるという状況は
どうにも腹が立ってしょうがなかった。

この件は何度かケンカを繰り返して、
「たとえ日程が決まっちゃってたとしても
○○日って飲みに行っても大丈夫かな?」と
許可を求める形で声を掛けて欲しい、とお願いして、
今はそういうことでなんとか落ち着いている。

それでもいまだにダンナが飲みというと
なんだか胸の奥にザラっとした何かが湧き上がって
やたらと突っかかった挙句にケンカをしたりを繰り返している。

もっと自分が何かを諦めればいいんだろうとか思うのだけれど、
なぜそれを諦めなければならないのか、
ちゃんと腑に落ちて理解できなくて、
諦めきることができずにいる。

決して、一緒に不幸になって欲しいワケなんかじゃない。
あまりの不自由さに、助けてとSOSを出しているんだ。
育児にまつわる大変さは、
子供が寝たらすべて終わるわけじゃない。
少しでも、1時間でも30分でも10分でも早く
できればステータス「酔っ払い」じゃなくて、
家事ができる程度に元気な状態で、
帰ってきて手伝って欲しい。
それが、二人で幸せになる方法なんじゃないのと、思ったり。

それはもしかしたら、パパたちにとっての「禁欲」であり、
「不自由さへの歩み寄り」だったりするのかもしれないけれども、
これを「不幸」と言われてしまったら、
なんかもうどうにもならない気がするのだ。
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