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そして父になる

大学時代に、映画分析法を学ぶ授業をとっていたのだけれど、
実はあまりちゃんと授業に出ていなくて、
あれはちゃんと聞いておけばよかったと後悔している。

この映画の感想をどうこう、と言う前に
あれこれ分析したくなってしまったのは
どこかで自分の感情をシャットアウトして見ていたからかもしれない。

福山雅治主演のこの映画。
産院で赤ちゃんの取り違えがあったことが5年後に判明し、
そして家族はどうなるのか…という話なのだけれども。

親として自分はどうなの?という、鋭すぎる刃を
ずーっとずーっとずーーーーーっと突きつけられている気分。


私は、うちの子たちにちゃんと選んでもらえるだろうか。


自分なりに精一杯やっている。
頑張っている。
正解がある世界ではなくて、
ほかの家族がどうしているのかなんて
本当のところは見たことがなくて、
時々息子にカミナリを落としては
あぁぁぁぁまたやってしまったと後悔するような
そんな日々に、ある日誰かに不正解をつけられてしまうかもしれないって
とてつもない恐怖だよ。

何よりも、
(お金持ちだけれど家庭をまったく顧みない、簡単に言うとダメ父親の)福山が、
(お金はそんなにないけれども、子どもと楽しく遊んで、よさげな家庭を築いている)リリー・フランキーに対して
自分の何が劣っていて、相手の何がいいのか
最初まったく気づいていないのだ。

映画を観ている、外野であるところの私たちからは
リリー・フランキー一家の子どもたちが明らかに楽しそうで、
そりゃそっちがいいだろうよ、というのが
こんなにも明白なのに、だ。

自分の価値観って、信じすぎてもいけないんじゃなかろうか、とかとか。

それでも、
今日も子どもは育てなきゃいけないし、
やっぱり正解なんてないわけだから、
自分のことを信じてあげつつ、そして時に疑いつつ、
明日からも精一杯、子どもたちを愛していくしかないのだ。

まずは今週末、子どもたちに楽しんでもらえるように。
そのためにも、面倒くさがらずに自分も楽しもうと、心に決めてみる。
| movie | 00:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

「育休世代」のジレンマ(中野 円佳)

「隣の部署のあの人は、子どもがいるからって、いつも早く帰っててズルいよね」

私が20代半ばのころだったと思うのだけれど、
新卒で入った会社で、同期の女の子がそんなことを言い出して、
自分の耳を疑ったことを思い出す。

確かその時は
「きっとその分お給料が少なかったりするんだろうし、そういうもんなんじゃない?」
と答えたと思うのだけれども、
その後、私が転職したこともあり、
連絡を取らなくなってしまった彼女は、
今どうしているんだろう。

あの頃は、自分が子どもを産むことなんて想像のはるか上の事象であり、
「仕事と育児をどう両立するか」という難問が存在することすら知らなかった。

それでも、その考え方がいつかきっと自分の首を絞めるだろうということは
直感的に想像がついたし、
それは違うだろうよ、まして隣の部署の、
直接仕事で迷惑をこうむっているわけでもない人に対して言うことではないだろうと
思っていたし、現在進行形で思ってもいるのだけれども、
世の中、そんな考えが意外とゴロゴロしていたりするわけで。

今にして思えば、
残業ができないというだけで、責任ある仕事を一切させてもらえないのはどうかと思うし、
そしてそのためにいつまでもお給料が上がらないのもどうなのって感じだし、
そもそもみんな残業しすぎなんだよ!生産性悪いんじゃないの?残業自慢してる場合じゃないんだ!!


……失礼。興奮しました。


さておき。

こんな、子育てをしている人たちが働きにくいことこの上ないこの世の中で、
どうにもならないジレンマを抱えているワーキングマザーたちにフォーカスしたのがこの本。

自分のことを振り返れば、
子どもを産んでからの方が、仕事を好きになったと思う。

妊娠が分かった段階で、
仕事を続けるのか、辞めるのか、子どもを預けるのか、どうするのかを考え、
私は割とあっさり、仕事を続けると決めたけれども、
それでも、仕事と育児の両立という道を、自分で選んだという
ある種の覚悟のようなものを、あの時決めたんだと思う。

正直、そこでどうするかの選択肢もなく
働き続けることが最初から決まっていたダンナの方が、
仕事に対するモチベーションの維持に苦労しているように見えたり見えなかったり。
男性には男性なりの苦労があるんだろうと思いつつ。

ただ、この自分で選んだという事実にこそ、落とし穴もあって、
「自分で選んだんだから(大変でも頑張るしかない、我慢するしかない)」という
言葉たちにがんじがらめになって、
仕事と育児の間で、毎日必死になりながら、
もがいていたりするわけで。

私は仕事をしながら子育てをするというスタイルが自分に向いていると思うけれども、
本当に子どもを預けてまでする仕事なのか、と自問する日々だし、
逆に、子どもを預けてまでしている仕事なのだから、
胸を張って、ママ頑張ってるよと言えるようにありたいと思ったりもする。

でもでも、それでも、
思ったようにいかなくて、どうにもならなくて、
涙を流したことだって、あるわけだよ、何度も。


何度も何度も。


自分は、自分なりに精いっぱい頑張っているのに、どうにもならないという
「悔しさ」を、
きっと社会を変えていくしかないのに、一体何をどうしていけばいいのか皆目見当がつかないという
漠然とした閉塞感を、
なんと研究し、論文として世に送り出し、本にまでしてくれた人がいる。

全くもって納得の内容で、
そうそうその通りと、首がもげるくらい頷きっぱなしの一冊。
妊娠中から育休中に大学院に通ってこの論文を書いたという
著者の中野さんには本当に頭が下がる。

ベースが論文なので、読みにくいところもあるけれども、
本当は多くの人に読んで欲しい。
ワーキングマザーじゃない人にこそ、読んで欲しい。
何を考えて、どんな気持ちで働いているのか、
少しでも考えてもらうきっかけになると期待したい。

本当はきっと、
ワーママは「精一杯頑張ります」って言って
職場は「期待してるよ。でも無理しすぎずにね」と迎えるというのが
ベストバランスだろうと思っていて、
実はそれは超小規模零細企業ながら、うちの会社のことなのだけれども、
この本を読んで改めて、私は恵まれている、と再確認した次第。

この本に関しては
言いたいことが山ほどあって、
語りたいことも山ほどあって、
ブログのエントリ一つじゃ全然おさまらないのだけれども、
自分の娘の世代にまでこんなワケ分からん世の中を引きずってたら、
それはきっと何かが大きく間違ってしまうと思うので、
ちっぽけな自分だけれども、
ワーキングマザーの端くれとしてこれからも頑張っていく所存です。
| book | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

子連れスキー旅行@軽井沢<後編>

さて、軽井沢旅行 後編です。

◆プリンスホテルはどうだった?
今回泊まったのは軽井沢プリンス ウエストのコテージ。
軽井沢プリンスにはイーストとウエストがあり、
それぞれいわゆる普通のホテルのような部屋とコテージが選べます。
ちなみにゲレンデに近いのはイースト。
我が家は、うちの母と同じコテージに泊まるため、
「1軒のコテージに2部屋あること」が絶対条件であり、
ウエストならば確約できるとのことだったのでウエストに決めました。
イーストでも2部屋あるコテージがいいという希望は出せるようなので、
状況次第でしょう。

コテージタイプなので、1部屋が1軒ずつの建物…ではあるのですが、
思い描いていた「コテージ」よりも、控えめに言ってちょっと狭かった。
控えずに言えば、狭いしやや年季入ってるし、ざんねーん!
ですが、まぁこんなもんでしょう。汚いワケではないですし、十分です。
何より、子どもがどれだけ騒ごうが泣こうが走り回ろうが
気にしなくていいっていうのはプライスレスですよ…。

ただし、ホテルからも何からもそれなりに離れているわけで、
しかも周りは雪が積もっているわけで、
どこかに出るたびにフロントに電話をして送迎を頼むことになります。
もしくは巡回バス。
待たされても10分程度と、そこそこすぐ来てはくれますが、面倒っちゃ面倒です。
大人と違ってあと10分だから静かに待てばいい、ということが難しい
4歳児を抱えているとなおさら…(涙)

あ、そんなわけですから、
部屋風呂に期待してはいけません。
お風呂と洗い場はありますが、ユニットバスをベースにした感じですし、
子どもを入れるのもちょっと厄介かも。
部屋風呂とは別に温泉施設があり、
オムツが取れていれば子どももOKなので、そっちのがいいかもしれません。
ただし!ウエスト宿泊の場合は別料金で1200円!1200円!!!
気持ち良かったけどねー…。2回言いたくなるくらいのお値段ではあります。

そうそう、この軽井沢プリンスリゾートの中には
プリンスホテルグループが誇る最高級ホテル『ザ・プリンス』も展開されておりまして、
ハイグレードなコテージもご用意がございます。
お部屋に暖炉があったり、部屋も広かったり、
おそらく思い描いちゃうような「コテージ」を体験できると思われますので、
お財布に余裕のある方はそちらも是非。

◆食事のオハナシ
さて、ご飯です。
朝食しか予約しなかった我々は、夕食をどうにかしなければなりません。
(朝食のバイキングは美味しかったですよ。それ以上でも以下でもないので省略)

実はココ、部屋までピザーラが配達してくれるのです。
スキーから帰って疲労困憊。
もう部屋から出られませんってところにピザが取れる。
子どもが周りに迷惑をかけることを気にせずに食事ができる。
テーブルが多少狭くたってなんだっていうんだ!
ホント助かる。ピザーラありがとう!!

そんな素敵なピザーラですが、
どんな大人の事情が絡み合ったのか、飲み物の扱いがありません。
ビールもジュースも買えません。
事前にゲットしておきましょう。

◆アウトレットにも行ってみた!
はーるばるきたぜかーるいざわー♪っと、そんなに遠くはないんですけど、
せっかく来たんだしぃ、というわけで頑張りました、アウトレット。


結論。
広い。広すぎる。


2日目の夕方に行きましたが、半分は休館。
イッタラのお皿を買いたくて行ったのに、お休みだし!意味ない!
そして半分休みでも広い。
しかも、日中はゲレンデとは思えないほどあったかかったのに、
夕方になるとかなり冷えます。凍えます。
防寒対策は万全にすべし、と凍えて具合が悪くなった私が忠告しておきます。

ついでに夕飯も食べようということでアウトレットに行ったのですが、
食事処はそれほど充実していないと思います。
しかも帰りはホテル内の個別の送迎は対応しておらず、
つまり呼んでも迎えには来てくれないので、巡回バスを待つしかありません。
まぁ、無理せずに…というところでしょう。


全体の感想としては、軽井沢、子連れスキーに向いてると思います。
とはいえ、星野リゾートの八ヶ岳リゾナーレとかと比べると
そこまで子連れに振り切ってはいないので、
子連れ視点だけで考えると、もう一息!と思わないでもない。
でもそれはいささかワガママでもあるわけで、
十分対応していただけているんじゃないでしょうか。

一つ、難点として挙げるならば、
チビスケと私たちがゲレンデにいる間、
ゲレンデ周りにチビコの居場所がありませんでした。
託児所はあるのですが、飽くまでお金を払って子どもを預ける場所。
(1時間3000〜4000円くらい)
保護者がみながら、子どもを遊ばせられるスペースがどこにもない。
スノーパークはあるのですが、入場料1300円にソリ500円。
はて、8ヶ月のチビコにどれだけ楽しめるのか…。
部屋にいればいいんでしょうけど、
なにせゲレンデから遠く、チビスケが滑っている様子も見えないし、
チビコが泣いたり、授乳があったり、と考えるとそれも大変で。
イーストのホテルのロビーに授乳室はありますが、
ずっと遊んでいられる場所ではなく。
プレイルームみたいなところがあるといいなぁ。
どうですかね。プリンスホテルさん。

もう少し大きくなってからねー、ということなのかもしれません。
せめてスノーパークが楽しめるくらいには。

そんなこんなではありますが、
全体的には満喫して帰ってまいりました。
チビスケはまだ体重が軽いのと、足の力が弱いので
自力で滑るところまでは行けず、私が抱えて滑ってきてましたが、
(おかげでものすごい筋肉痛になった)
リフトにも乗れたし、スキーのスピード感を楽しんでいたようなので
スキーデビューにしては上出来でしょう。

何よりも、
スキーなんて大人になってからそんなに行ってないし、
しかもものすごく久しぶりなのに、
ちゃんと滑れるのも、子どもの頃連れて行ってくれていた両親のおかげというもの。

年に何度もは無理かもしれないけれども、
来年も行きたいぞ。行くぞ。行くんだぞ。

大事なことだから3回書いて、感想を終わりにしたいと思います。
| days | 22:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

子連れスキー旅行@軽井沢<前編>

スキー…というと、
個人的にはあんなこともこんなこともあったというかなかったというか。
痛々しい思い入れのあるワードだったりなかったりもするわけですが、
やっぱり一通り滑れるようにしておいてくれた両親には感謝しても足りないくらい。
というわけで、4歳になるチビスケもぼちぼちデビューさせてみましょうかと思い立ち、
先日、子連れでスキー旅行に行ってきました。

行き先は軽井沢。
ワタクシ、ダンナ、チビスケ、チビコの我が家4人に加えて、
私の母という強力な助っ人を召集しての5人旅。
2泊3日で行ってきました。

旅行代理店で往復の新幹線+ホテル(朝食のみ)を予約。
夕食もどうなるか状況が読めなかったし、
リフトなんてどれだけ乗れるか分かったもんじゃないので、
どちらもつけませんでした。

ワケあって、ど平日に行けたので
その点は引いて考えなきゃですが、どなたかの参考になれば。

◆そもそも何で軽井沢?
新潟とか北海道とかスキー旅行だけで考えれば大変魅力的なんですが、
越後湯沢の駅から
満員のバスに揺られて30分とか子連れには酷すぎます。
しかもね、雪が降りしきる中、外のバス停で立って並ばないと座れないとかね。
あり得ないからね。
そんなわけで、都内から新幹線で近く、
しかも新幹線の駅からホテルが近く、
しかもホテルの目の前がゲレンデという立地を最優先しました。
近すぎですよ、軽井沢。

そして軽井沢、アジア系の外人さんが多いです。
特に中国系。
マナーが気になるようなこともなかったですし、
だからなんだというワケではないのですが、
そしてやっぱり平日だったからかもしれませんが、
半分以上外人さんでは…という感じで
ちょっとびっくりしたのは正直なトコロであります。

◆ちなみに肝心のゲレンデは?
そんなに広いわけでもなく、メインは初心者コース。
プラスちょこっと中級、少しだけ上級コース。
上級コースはやめておいたので分かりませんが、
正直、それなりに滑れる大人が楽しめるかっていうと、かなり微妙。
大人だけでスキーやスノボに行くのなら、オススメはしない。
が!
子連れスキーデビューなら十分です。
ただし、逆に初心者スキーヤー&初心者ボーダーが多く、
特に下の初心者コースは練習中な方もかなり多いので、
危なっかしいといえば、危なっかしい。

あと、違うスキー場に子連れで行ったことがないので比べられませんが、
リフトの係員の方が子どもに慣れてるようだったのは助かりました。

ちなみにリフト券は1日券か4時間券しかなく、
4時間券も4500円とかするので、
大して滑れない我々としてはかなりイタイ出費。
回数券欲しいです、マジでお願いします。

◆パンダルマンなるものがありまして
3歳から入れる子ども専門のスキー教室…その名も『パンダルマン』。
ネーミングはさておき、スキーデビューのチビスケはもちろん是非ぜひ参加したいのでして。
事前申し込みした初日の午後、更に現地で2日目の午前中も追加し
結局2回参加しました。
4時間で7500円×2日分。
高い気はしますが、
初スキーのチビスケに一体何からどう教えていいのやら見当もつかないし、
ちょっと怖いのもあったので、
まぁ最初はプロに任せてみようかと。

何やら専用の板を使うんだそうで、
通常のものより短めにすることで初めての子どもでも扱いやすくなるんだとか。
パンダの着ぐるみと一緒に運動をするところから始めて
最初は人工芝みたいな専用ゲレンデで練習。
坂にゴムを敷いたりして、わざと滑りにくくしてあるところで、
スキー板に慣れていきます。
その後専用のゲレンデに移動。

なんともラッキーなことに
グループレッスンに申し込んだにもかかわらず、初日はチビスケ一人だけ。
マンツーマンでみてもらえました。

そんなこともあり、デビューにしては結構いい感じだったんじゃないかと思います。

ちなみに先生も中国系・欧米系と外国の方が多かったのは意外なところ。
何せお客さんに中国人が多いので当然と言えば当然かもしれません。
もちろん一緒にレッスンを受けた中にも中国人の子もいました。
とはいえ、日本人の先生もいますし、
レッスンは基本的に日本語で進むし、先生の対応もよかったです。

実はチビスケ、初日のレッスン中にトイレを失敗してしまったのですが、
その時にちゃんと嫌な顔をしないで対応してもらえました。
そういう時にこそ、人となりじゃないけれど
差が出るんじゃないかなと思うのです。

なんだか長くなってきたので、今日はこのあたりで。
後編に続きます。
| days | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

遅ればせながら

明けましておめでとうございます。

だいぶ、だいぶだいぶ放置しておりました。
放置している間に、無事二人目を出産しまして、
元気に産まれた娘ももう8ヶ月。
どんだけブログ放置してたんだって話です。

正直、ブログどころではなかった、というのは真実ではありますが、
「子どもが二人に増えても、大変さは二倍にはならない」
という先輩ママ友の言葉は正しかったなー、と
一応感じられるレベル、ではあります。

どちらかというと娘の育児に関しては
やっぱり私自身が一度経験した、ということが大きくて、
しかもこれまた親孝行なことに手のかからない子でして、
大変さを考えるとさほどではありません。

…一人目の時って子ども一人しかいないのに
なんであんなに大変だったんだろうなー
とぼんやり遠い目をして思っては、
そりゃ初めてだったからだよ、と一人ツッコミをする日々でございます。

離乳食にしたって何にしたって、
「子どもが成長するとどうにかなる」ということを
実体験を持って知っている、というのは本当に大きい。
いくら先輩ママやら保健師さんやらから言われても
どうにも不安で仕方がなかったことも、
自分の体験として、どうにかなったと分かっていると
ある程度はどどーんと構えていられるものだったり。

どちらかというと、
やっぱりこちらは初体験であるところの
4歳になる息子の赤ちゃん返りの方に手を焼いておりまして、
ママラブ、ママ大好き、とにかく俺だけを見てくれ!抱っこ!
と、娘(7キロ)を抱えているところに
息子(15キロ)にのしかかられるとさすがに厳しい。

甘えたい気持ちも分かるのだけれど、
言えば分かる歳になってきていることもあって、
「分かっているはずなのに、わざと困らせることをしている」
というのは、どうにもいらっと来てしまうところがあります。
つい怒ってしまって自己嫌悪というのを
この8ヶ月、一体何度繰り返してきたことか。

親子で乗り越えなきゃいけないところなんだろうけれど、
乗り越えられるかどうか不安でたまりません。

あぁ、こうやって一人目と二人目は違った育てられ方をしていくのだろう、
なんて言ってる場合じゃないんですけどね。

放置気味のブログではありますが、
今後ともよろしくお願い致します。
| days | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

1984 フクシマに生まれて(大野更紗・開沼博)

行動する人は、強い。

行動してきた人たちの言葉には力がある。
そんなことを改めて感じた一冊でした。

もやもやと思考の堂々巡りを繰り返しては、
改善案とも愚痴ともつかないことを吐き出すだけの人(要はワタクシ)とは
違うよね、と。

大野更紗さんと開沼博さんをメインに
色々なゲストを迎える鼎談集ですが、
個人的にも興味のある病児保育のNPO法人フローレンスの駒崎さんとか、
同い年なのね!と驚いたり、
そもそも大野さんと開沼さんは年下だしと
自分に呆れたり。

あぁ、私は今まで
どんだけぼんやりと何もせずに、何も目指さずに生きてきたのか、
なんて反省というか懺悔というか。

例えば、駒崎さんは鼎談の中で
(アンシャンレジム(旧体制・旧秩序)の人たちと対立してしまう時に
気を付けていることは?という問いに対して)

以前はわりと闘う姿勢を前面に押し出していましたが、
最近は必要に駆られて調整屋さん的な側面も身につけました。
アンシャンレジームの人たちに対しては、
「こういう新しい仕組みが出てきていますが、あくまであなたがたのやり方がメインですよ。
でも、新しいものもそれはそれであってもいいですよね」と宥めながら、
一報で新しい仕組みのほうをメインにしていく路線を描くという
小狡いやり方をとっています。
誰かを傷つけて旧体制を壊すというよりは、
いつのまにか新しい仕組みに置き換わっているということを狙おうとしています。


と語っている。
これってまさに、私がもやもやと考えていた
団塊の世代のプライドに対して、時代が変わったということを
どうやって認めてもらえばいいのかという問いに対する
一つの答えであるわけで。

これだけが正解であるわけではないけれども、
私が自分の父親だけを相手に、もやっと口論を挑んでは
やっぱり無理だよコイツラ、なんて愚痴っている間に
彼は着実に前に進んでいる。

もう一つ。
ALSという難病のお母様を介護し、日本ALS協会の理事を務める川口有美子さんの言葉。

私は死の自己決定を批判的に見ていますが、
尊厳死の法制化に賛成の人たちは、尊厳死は「権利」だと言っています。
確かに自己決定は権利であるべきなんですよ。
でも、「権利」はすぐに「義務」にしるかえられるから、
そこはほんとうに慎重にやっていかないといけない。

よく分からない病気になって、お金もないし調子も悪い時に、
これからどうするか自分で決めなさいと言われると
「死にます」とか「やめます」とか消極的なことしか決められないわけ。
「みんなに迷惑かけるけど生きたいです」とか、
「生きるためにみなさんの血税を月々これだけください」とか、言えないでしょう?


私は、死というものに対して淡泊な方だと思っていて、
特に“上から順番”の死というものに対しては
「そういうもの」という意識が強くて、
80歳を超えた自分の祖母は、今は元気だけれども、
身体中にチューブをつないでまで、一分一秒でも長生きを、とまでは思えなくて。

尊厳死に対してもどちらかというと肯定的な意見を持っていたのだけれど、
ちょっとこの言葉は効いた。
協調性やまわりの空気を察することを必要以上に求められる
この日本社会で、尊厳死の権利が義務になっていくのは容易に想像がつくし、
権利の強さと怖さを、ちゃんと認識してこなかったのは
幸いにも自分が“普通”に生きられているからだ、ということに
さっぱり気づいていなかった、という至らなさに気づかされた。

そのほかにも興味深い鼎談は多くて、
中でも茂木健一郎さんの「システムを変えることは諦めた」という言葉には
なんというか少しやりきれないものを感じたりもするのだけれど、
最後にもう一度、駒崎さんの言葉を引用して、希望に変えていきたいと思う。

(明治維新の志士は四千人くらい、幕末の人口は四千万人、という話から)
これはすなわち、四千万人のうちの四千人くらいが死ぬ気でがんばれば、革命は起こせるということです。
人口の一万分の一ですよ。今で言えば一万二千人くらい。
一万二千人、僕みたいに社会を変えてやるという人間がいればほんとうに変わるんじゃないかと思うと、
そんなに多いという感じもしないでしょう?
だって、僕のツイッターのフォロワーは三万三千人いるんですよ。


フォロワー33000人のうちの一人として、
私は何かできるんだろうか。
少しでも行動に移せたらいいなんて思いながら、
重たいお腹と重たい腰がなかなか上がらなかったりはするのだけれども。
| book | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

社会人とワーキングマザーと生産性と

『ワーキングマザーの生産性向上講座』
みたいなのを時々見かけるのだけれども、
これを見るたびに微妙な気持ちになるのは
私が考えすぎなんだろうか。

需要はあるんだろうと思う。

ワーキングマザーはとにかく時間がない。
タイムリミットがある中で、どうやって仕事で成果を出すかを考えると
生産性向上というキーワードに行きつくのは当然すぎるほど当然なのだ。

けれど。

だからこそ、世のワーキングマザーたちはいいのだ。
タイムリミットがある分
ある程度は放っておいたって、生産性向上の方向に向いていく。
(そりゃ中にはそうでもない人だっているだろうけど、
それはまた別のハナシ)

もちろん、その中で
「こうすると生産性を効果的にあげられる」というコツやノウハウを
教えてくれる講座があるのはいいのだけれど。

どちらかというと問題は
放っておくと「残業すればいい」となってしまう人たちの生産性だと思っていて
ここをどう改善して、それをどう評価していくか、という点に
「働きやすさ」の鍵が隠れていると思っている。

ボスの都合で20時から定例会議とかさ、
17時から始めた会議がズルズル4時間とかさ、
「仕方がないんだよ」「そういうもんだよ」とか
言い出したりするから、根は深い。

本当はその上司は参加しなくていいんじゃないか。
報告をきっちりすればいいんじゃないか。
思いつきをあーでもないこーでもないと言いあってるだけになってないか。
残業が“普通に”できちゃうだけに見直すつもりがあんまり見えないのですが、
見直すことは全然ない!と言い切れる自信、ホントにある?
と今日も何となく残業を繰り返すみなさまを小一時間問い詰めたい。

実際、ワーキングマザーのエピソードで
退社して、お迎えいって、子ども寝かしてから仕事、みたいな話は
よく見かけるものだったりするけれど、
2年間、仕事×育児の生活をしてきた実感として、
これ毎日終わりなく何年もするのは、かなりキツイ。

持ち帰って仕事、休日に仕事ってのは
「突発的なトラブル」のために空けておかないと
体力的にも気持ち的にも、保たない。

もちろん、それでも仕事が好きだからやりたいの!という方は否定しませんが、
そういう「スーパーマザー」をすべてのワーキングマザーに強要するのは
全く別の話。

自分が頑張ればいい、我慢すればいい、残業すればいい、休日にやればいい、帰ってからやればいい。

そういう自己犠牲って、
周りとの調整が要らなくて、自分が頑張ってる感も出せるし、
簡単な選択肢だったりするのだけれど、
それって一番ダメだよね、と私は思う。

そしてそのあたりをどう調整するのかこそが
「マネジメント」のはずだと思っているのだけれど、
そこは日本の絶大なる「マネジメントの下手さ」が遺憾なく発揮されていたりして。

ワーキングマザーに必要なのは
まわりの目を華麗にスルーする鈍感力だ、なんて
半ば冗談っぽくしながらも、まことしやかに語られているわけだけれど、
ワーママが働きやすくってだけじゃなくて、
働いている人全員の生産性の向上ってのも
ちゃんと進めていって欲しいワケで。

ちなみに、
そんなことをぼんやり考えていた中で見つけたのがこの記事。

残業にエクスタシーを感じる仕事人間が、どうしてイクメンになれたのか?──認定NPO法人フローレンス駒崎代表×サイボウズ青野社長

「残業しないといけない」と思い込んでいないか、
仕事を見直せばちゃんと定時で帰る生活ができる、
それを実践している二人の対談は、参考になる。

何となくの偏見だけれど、ワーキングマザーが声を上げるよりも
彼らのような男性の、経営者の経験談の方が
世の中に響いていくんじゃないかなと、思ったり。

お腹の中にいる娘が、
いつか働き始めるころには
今よりもう少しでも社会が変わっていればいいなと
期待を込めて。
| days | 11:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

誰だって、頑張ってきたのだ

「仕事を辞めた方がいいんじゃないか」

確か、仕事が死にそうに忙しい時期に子どもが熱を出して、
実家の母に頼りながらも、泣きそうになっていた時に、
そんな私の様子を聞いた父が母にそう言った、と
母から聞いた。

勝手なこと言いやがって、と
こういう人たちがいるから日本社会は変わらないんだ、と
心底がっかりしたのを覚えている。

うちの父はいわゆる団塊の世代の人で、
母は専業主婦だった。

高度経済成長に乗っかって、
自分のキャリアを積み重ねるのと一緒に、
激務をこなし、日々の接待をこなし、
バブルも、バブル崩壊も乗り越えて
頑張ってきた、んだろう。たぶん。

娘の記憶としては
子どものころは平日の夕飯はパパなんていなかった、
という忙しい父親のイメージしか残っていない。

そんな父は、まだなんとかギリギリ会社で仕事をしているのだけれども
安倍首相が「3年抱っこし放題」とか言い出したのを聞いて
「3年も休まれたら使い物にならない」とか言い放っていたりして、
なんかもう、それは私たち子育て世代の母親はどうすればいいんですかと
二人を正座させて小一時間と言わず、2〜3日
問い詰めたい気持ちにもなるわけで。

ちなみになぜ3年間、母親“だけ”が休む、と思うのか。
1年半ずつ母親と父親が休んだっていいじゃなーい?と
私はそう思うのだけれど。

父親という大黒柱が家族を養うべく、長時間労働も厭わずにいっぱい働く、
というこれまでの働き方を
変えないとそろそろどうにもならない、という時期にきていると
私は思っている。

けれども、最後の最後、会社や社会の上の方にいる
うちの父親をはじめとする団塊の世代のミナサマは
まさにその大黒柱として、家庭を顧みずに仕事をしてきた方々で、
それで自分も、日本も成長させた、というプライドを持っている。
たぶん。

新しい働き方を認めること、
がむしゃらに働かない、という働き方が
彼らにしてみれば、自己否定に見えるんじゃないか、というのが
今、私が漠然と持っている印象だったりする。

でも私たちは
これまでの働き方を否定したいわけじゃない。
あなたたちの頑張りが間違っていたと言いたいわけじゃない。

「時代が変わった」ということなのだ。

私たちだって必死なのだ。

それを還暦を過ぎた父親たちに、
どういえば分ってもらえるのか、
まだ答えを見つけられずにいるのだけれど、
この答えが見つかるよりも
彼らが現役を引退する方が早いんじゃないだろうか。
それはそれで、朗報と言えるのかもしれないけれど。
| days | 11:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

“普通に”生活するということ

すっかりブログを放置している間に
実は二人目を妊娠しまして、
4月から産休に入りました。

3歳児の子育てをしながらの妊婦生活は
思った以上にキツかったりして
ダンナと二人ドタバタ…というかジタバタしながら
毎日をなんとか乗り切ってきた、という感じです。

なんか、おかしくないか?
なんでこんなに大変なんだっけ?

なーんて
社会ってさ、会社ってさ、って
悶々としていた時に出会ったのがこの本でした。

あまりに思うところが多くて
産休に入ったらまとめて色々書こう!と思っていたことを
やっとまとめてみようと思います。

日本では家事労働が軽視されている、ということを
現在の実態や、歴史、社会構造などから紐解いていく一冊。
個人的にはこの「家事労働ハラスメント」というタイトルは
内容とギャップがあると思っているのですが…。

子どもを産んでも、仕事は続けたいよね。
子どもは二人欲しいよね。
保育園に入れたいよね。
保育園は家の近くがいいよね。
妊娠中、つわりで大変だからパパにも早めに帰ってきて欲しいよね。
協力して欲しいよね。

これって、贅沢なんでしょうか?
保育園はなかなか入れないのが常識。
4月か5月生まれを狙って、翌年の0歳児入園を目指すとか、
途中から認証保育園とかに預けてポイントを稼がなきゃ入れないとかさ。
それが常識でいいんでしたっけ?

パパの定時帰りは難しいよね…。
って、本当にそうなんでしたっけ?

確かに、出産後も働き続ける女性が増えたのは
ここ最近の話かもしれないけれども、
家族そろってみんなで夕飯食べたいとかさ、
それってそんなに大それた希望で、
叶えるのが難しいもんなんでしたっけ?

違うよね、なんか違うよね。

と、この悶々とした違和感の原因を
キチンと分析してくれた本だったりします。

もちろんパパの職種にもよるんだろうけれども、
長時間労働が当たり前、
ブラック企業なんて言葉がはやっちゃうこの時代に生きていて
その中でも
定時きっかりでお迎えダッシュして、
頑張れる範囲で精一杯頑張りつつも、鈍感力をさりげなく磨き、
両足で踏ん張って毎日を過ごしてきて、
そしてまた来年からはそんな日々に突撃するだろう
ワーキングマザーの一員として、
(もうすぐ)二人の子どもの母として、
未来の日本の方向をちょびっとでも変えられたら、
そんな風に、切に思うのです。
| book | 11:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

これを「不幸」と名付けますか?

男性がなかなかできない妻への寄り添い方、というエントリがありまして。

育児において妻が陥る不自由さに、あなたにも歩み寄って欲しかった、
と言われた、というパパの話。

この奥さんの気持ちは痛いほどわかる。
というか、根っこをたどればココだよね、というケンカを
うちも何度したことか。

さて、そしてそして、このエントリを受けた
妊娠中の奥さんに合わせて禁欲するのは「不幸の共有」にしかならない気がするって話…どうせ夫婦で共有するなら幸福の方が良い
というエントリがありまして。

乱雑にまとめるなら
不自由さに歩み寄ってよってのは、あんたも不幸になれってことで、
そんなのどっちも幸せにならないじゃないか。
せっかくなら一緒に幸せになろうよ、と。

まぁ、言わんとするところは分からないでもないのですが、
なんだかモヤっとした気持ちになったので、
ここに吐き出してみようかなと思った次第。

不自由さへの歩み寄りって、不幸の共有なんですかね?

ここでこの二つのエントリを並べて、
今気づいたのだけれど、
私自身はこの「不自由さへの歩み寄り」をダンナに期待するようになったのは
「妊娠中」じゃなくて、出産してから、
もっと言えば、仕事に復帰してから、だよな、ということ。

特に一人目の妊娠中は、
つわりがそれほどひどくも長くもなかったこともあり、
お酒こそ飲めなかったけれど、
比較的自由に自分の時間を使っていたし、
友達と夜会う予定を入れたりも自由にできていたので、
「不自由さ」自体をそれほど感じていなかったんだと思う。

それがですよ。
出産した途端に、自分の時間なるものが消え失せるワケでして。
そして、経験したことがない育児なる負担がのしかかってくるワケでして。

なんというか、この
不自由だから、あんたも我慢しろ!
なんていう単純な繋がりではなくて、
その後ろに、自分でも分からないくらいこんがらがった
ジレンマみたいなものが渦巻いていることを、
男性はちゃんと理解してくれているんだろうか…。

二人で幸せにっていうけど、
じゃあ、奥さんが飲みに行けるようにすればいいかっていうと、
やっぱり授乳中はお酒も飲めないし、
そもそも、生まれて2ヶ月3ヶ月の赤子を
ダンナに預けていくのは不安も不安、すっごく不安だったりするのだけれど、
それをクリアできるほど育児に自信があるのか、
小一時間問い詰めたかったりもして。
どちらかというと
飲みに行く時間があるなら、家に帰って手伝ってくれよという気持ちが大きくて。
授乳できないとか、ママじゃないととかあるけれども、
子供と関わる以外の家事だって山積みなわけで、
寝かしつけている間に、食器を片づけてくれるだけでもどれだけ助かるのか。
酒を飲むなとは言わないけれど、
酔っ払って使い物にならない状態で帰って来られても意味がないんだ。
というか、仕事で毎日終電なのに、
飲み会の日は9時から飲みにいけるなら、
その日だけでも早く帰ってきてくれよ。
みたいなみたいな…。

いや、職場の飲み会で、その日だけ早く上がれるっていう事情は分かるのだけれど、
ならはその飲みを不参加にして帰ってきてくれ、と言いたかった。
とても。
毎日ダンナは帰ってこなくて、子供抱えて一人、毎日大変なのだよ、こっちだって。

この「不自由さ」という点で、一番腹が立ったのは、
復職してからも、
仕事の歓送迎会や、打ち上げみたいなものだとしても
私は自分の都合だけで参加とは返事ができなくて。
まずダンナの予定を聞いて、
ダメなら親の都合を聞いて、
色々調整をしてからじゃないと何も決められないのに
ダンナはあっけなく
「あ、来週水曜飲みに行くから」とか
勝手に予定を決めてきたりすることだった。

それってさ。
その日私が必ず家にいる、お迎えにも行くっていう前提だよね。
確かにそうなんだけれども、
自分でも心が狭いとは思ったけれども、
それでも日程が決まってから声を掛けられるという状況は
どうにも腹が立ってしょうがなかった。

この件は何度かケンカを繰り返して、
「たとえ日程が決まっちゃってたとしても
○○日って飲みに行っても大丈夫かな?」と
許可を求める形で声を掛けて欲しい、とお願いして、
今はそういうことでなんとか落ち着いている。

それでもいまだにダンナが飲みというと
なんだか胸の奥にザラっとした何かが湧き上がって
やたらと突っかかった挙句にケンカをしたりを繰り返している。

もっと自分が何かを諦めればいいんだろうとか思うのだけれど、
なぜそれを諦めなければならないのか、
ちゃんと腑に落ちて理解できなくて、
諦めきることができずにいる。

決して、一緒に不幸になって欲しいワケなんかじゃない。
あまりの不自由さに、助けてとSOSを出しているんだ。
育児にまつわる大変さは、
子供が寝たらすべて終わるわけじゃない。
少しでも、1時間でも30分でも10分でも早く
できればステータス「酔っ払い」じゃなくて、
家事ができる程度に元気な状態で、
帰ってきて手伝って欲しい。
それが、二人で幸せになる方法なんじゃないのと、思ったり。

それはもしかしたら、パパたちにとっての「禁欲」であり、
「不自由さへの歩み寄り」だったりするのかもしれないけれども、
これを「不幸」と言われてしまったら、
なんかもうどうにもならない気がするのだ。
| days | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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